本文へスキップ

屋久島町の離島ひょうたん島_口永良部島

Email: erabu.info@gmail.com

〒891-4208屋久島町口永良部島1232-3


     口永良部島
 2015年噴火被災 のページです

   ご支援ありがとうございます!

2015年12月25日、町長は「一部地域を除いての避難指示解除 」を発令しました。
お陰さまで、私たち口永良部島の被災者は、ほとんどが帰島できることになりました。しかし、なお家屋が警戒区域にあったり、水害を受けた地域の被災者は帰島できません。手放しで喜べないところです。
これから私たち島民は、被災者すべての帰島を目指しながら、生活再建と島の復興に全力をつくします。これまでの皆さま方のご厚情にお礼を申し上げるとともに、今後の復興へのご支援をお願い申し上げます。

12月25日に、「えらぶ被災者ニュース 最終号」を発行しました。
このページの更新を中止しますが、
「えらぶ復興ニュース」としてリニューアルしました。 New!

 復興のページ  ポータルサイトTOP  2014年の噴火
 


熊本・大分大地震の被災者の皆さま

心よりお見舞い申し上げます。

私たち口永良部島・島民も噴火災害に見舞われ、7か月の避難生活を経験し、今なお8所帯の島民が帰島できないでいます。それだけに、被災された皆さまの避難生活の苦しさが分かり、心傷みます。
同じ被災者として何かお役に立てることがないかと思案中です。
私たちの経験で、一つお伝えしたいことは、情報の伝達・共有の問題です。
被災して困ったのが、情報の入手の困難さでした。被災は少人数であったとは云え、3か所の避難所の間で情報が異なりました。また、仮設住宅や公営・民間住宅、町外・県外の縁者宅などに分散避難したため、より一層、情報伝達・情報共有が困難になりました。
熊本・大分大地震の被災者の皆さまの場合は、被災者の数が多く、より一層、情報伝達・情報共有が困難になるかと存じます。
口永良部島の場合は、被災者の有志によりホームページを利用しましたが、十分機能しませんでした。被災者自らの努力だけでは不十分で、ホランティアの助力も必要でした。何よりも、行政との協働ができなかったことが悔やまれます。
熊本・大分大地震の被災者の皆さま、ご留意ください。

2016年4月18日   口永良部島ポータルサイト
         



屋久島の皆さま・全国の皆さま
ご支援ありがとうございます!


2015年12月25日、町長は「一部地域を除いての避難指示解除 」を発令しました。
お陰さまで、私たち口永良部島の被災者は、ほとんどが帰島できることになりました。しかし、なお家屋が警戒区域にあったり、水害を受けた地域の被災者は帰島できません。手放しで喜べないところです。
これから私たち島民は、被災者すべての帰島を目指しながら、生活再建と島の復興に全力をつくします。これまでの皆さま方のご厚情にお礼を申し上げるとともに、今後の復興へのご支援をお願い申し上げます。

<2016年4月>島民からの礼状ご紹介
口永良部島の本村区・湯向区と本村区長名での礼状をご紹介します。
送り先は、噴火避難に際して、屋久島でお世話になった方々、食事の招待や見舞訪問、支援のイベント開催、慰問の芸能、支援金やお見舞い品を頂いた方々、それにボランティアの皆さんです。
文面はこちらです。混乱の中で記録をなくしたり、連絡先が不明だったりがあり、当然お送りすべき方にお送りできないこともあろうかと存じます。どうかご容赦ください。


 屋久島の皆さまにお礼  2015年12月25日 ポータルサイト

2015年5月29日に屋久島に避難し、お世話になって7か月、被災者すべてではありませんが、ようやく帰島が叶うことになりました。
避難したその日から、屋久島の皆さんには、私たち被災者をあたたかく受け入れていただきました。皆さまの公民館や福祉施設を第一次避難所として使わしていただき、4面のゲートボール場を仮設住宅の敷地として提供していただきました。公営住宅や個人のお宅なども貸していただきました。入居にあたっての清掃や荷物の運び込みなど汗流し作業していただきました。
心こもった手作りの料理や炊き出し、食事会へのお誘い、風呂や温泉の利用、商品の割引、電気製品や日用品、家具を頂いたり、食べ物や飲み物の差し入れ、車の提供や送迎、草払い、耕作や印刷を引き受けていただきもしました。また、歌や踊り、卓球大会、マッサージやヨガ、ヘアーカット、ペット預かりなどなど、私たちがリラックスできるよう、楽しませようとのお心遣いがありました。貸していただいた畑では、白菜や大根、キャベツやじゃがいも、らっきょうなどが青々とほこっています。
屋久島の隅々に置かれた「募金箱」に胸熱くなりました。確かに、皆さまの義援金をいただいております。
屋久島の皆さまのご厚情のお陰で、困難な避難生活を乗り切ることができました。言葉では言い尽くせませんが、心よりお礼申し上げます。

帰島できない被災島民が今しばらく屋久島に残ります。また、島に帰る被災者は、生活再建と復興に取り組みます。引き続きご支援をお願い申し上げます。



行政の皆さまにお礼      2015年12月25日 ポータルサイト

行政の皆さまには、手厚い支援をいただきました。
屋久島町や鹿児島県、気象庁や国土庁、屋久島社会福祉協議会、保健所、消防や警察、ハローワークの職員の方々のご尽力に頭さがります。
避難所での夜を徹して世話をしていただいたり、避難所の手配、支援物質の配布、屋久島の島内外に避難した被災者への連絡、日帰り帰島での手助け、病人や高齢者のケアー、事あるごとの説明会、避難者が持ち込むやっかいな要望や苦情への対応など、行政の職員の皆さんすべてが何らかの形で被災者支援の関わっていただいたと推察します。さぞかし日常的な業務に支障をきたしただろうと、今さらながらに恐縮し、感謝の思いでいっぱいです。
まだ、帰島できない被災者を残しての帰島になります。帰島の島民には、生活再建と島の復興と云う重荷が待ちかまえております。
復旧・復興はこれからですので、今後ともご支援いただけるようお願いします。

 
 鹿児島の皆さま・全国の皆さまにお礼

                2015年12月25日 ポータルサイト

鹿児島の皆さま、全国の皆さまから、心こもった励ましやお見舞い、山のような支援物質、莫大な義援金をいただきました。
お陰さまで、物心両面で困難であった避難生活の7か月を乗り切ることができ、これからの生活に目途をつけることができました。
充分な着替えさえ持たずに島を出て避難した私たち被災者には、その日のうちに、第一次避難所に入れていただき、毛布と布団、緊急用の小物を詰めた赤いバッグが支給されました。温かい夕食をいただきながらホッと安堵の息がつげました。
あわただしい日々となりましたが、第2次避難所での生活にいたるまで、身の回りでさしたる困ったこともなく、帰島の日を迎えることができました。
これも、鹿児島はじめ全国の皆さま方や行政の皆さま、福祉団体やボランティアの皆さまのお陰と、心からお礼申し上げます。

厳しい自然災害のなかで、被災者となり、人の絆やご厚情を体験した私たちは、これまでとは異なる真摯な心がまえで、口永良部島の復興に取り組みたいと存じます。
被災者すべてが帰島できたわけではありません。今なお、立ち入り禁止地域があり仮設住宅などに残らざるを得ない島民がおりますし、帰島した島民には生活再建と島の復興が待っております。今後ともご支援いただけますようお願いいたします。



 
 ボランティアの皆さま   2015年12月25日 ポータルサイト

ボランティアの皆さまには、大変お世話になりました。
料理や炊き出し、食事会、風呂や温泉、車の提供や送迎、草払い、耕作や印刷、コンサートや歌唱指導、歌や踊り、卓球大会、マッサージやヨガ、ヘアカットや理髪、ペット引き受けなどで、生活を支えていただき、ストレスを和らげていただきました。
屋久島町社会福祉協議会のまとめでは、社協を通してボランティアにかかわった方々は約700人でした。手元の資料では、それ以外に約270人がボランティアとして私たちの支援にかかわっていただきました。避難所や仮設住宅に激励や慰問、支援の品々をお持ちいただいた方々は、屋久島・島内の皆さまが約240名、島外から約150名の方々のお名前が残っております。
ボランティアの皆さまのお陰で、ほとんどの島民が無事に帰島できます。

また、雲仙普賢岳や有珠山、三宅島など被災地の皆さんからは、被災の報告書を送っていただいたり、貴重な体験や教訓を教えていただきました。大学の先生方には、専門家の立場から、被災者として注意すべきことや考えておくべきこと、なすべきことを、ご教示いただきました。今後の復興にもつながる、ご助言でした。

ボランティアの皆さま、誠にありがとうございました。今後の口永良部島の復興にもお力添えください。



   お礼になにをすれば? 
            2015年12月25日 ポータルサイト

こんなにも多くの皆さまにお世話になり、いったい、どのようなお礼ができるのでしょうか?どうすれば、私たちのお礼の気持ちをお返しできるのでしょうか?
来島の皆さんにおもてなししたい、生活再建と復興をやり遂げることがお礼だ・・・・など島民の間には、さまざまな案がありますが、これから相談しなければなりません。
私たちに科せられた課題のひとつは、「わたしたちの体験を如何に、次の被災者の皆さんに残すか」ではないでしょうか?
私たちは、先達である島原や有珠岳や三宅島から、資料を送っていただいたり、助言をいただいたりし、皆さんが尽力され改正されたた法律に守られて、苦難を乗り越えることができました。
今度は、口永良部島の被災島民が、次に起こるであろう被災地の皆さんに残すものがなければなりません。良いことであっても、悪いことであっても、成功であっての失敗であっても、後世に残すことが大切では?良い点を残すことができれば申し分ないのですが、反面教師であっても、お役に立ちそうな気がします。
そのために、私たち被災者自らが、私たちの体験を、客観的な目で検証し記録に残したいと思っています。


 (旧の記載)えらぶ被災島民の皆さんへ

 
2015年6月
私たち口永良部島・島民の避難所生活は、長引くのではないかと懸念しております。島民は、3つの避難所で分散した生活を送らねばならないし、おそらくは、親類縁者のもとへ身を寄せられた方々も多いと存じます。一日も早い帰島を果たすために、バラバラに暮らさざるを得ない私たち島民の情報交換のために、避難所以外に避難された方々にもこのニュースが届くことを願って、「口永良部島ポータルサイト」を活用することにします。活用の具体的な内容は、皆さんと相談しながら、考えたいと存じます。



2015年5月29日10時00分、噴火1分後、
口永良部島 金岳小・中学校の校庭で、Fさんが撮影した。


2015年5月29日10時03分、噴火4分後  撮影 Fさん


噴煙は9000mに達しました。

 10時9分 永田集落から 撮影 藤山孝子さん


 (旧の記載)全国の皆さんへ

              
2015年6月
全島避難の緊急事態です。これまでポータルサイトは、島の魅力を全国の皆さんに発信するために、島民自身で運営してきたサイトです。噴火のために、これまでの役割を変更し、ご支援をお願いすることも新たな役割としました。
自然には抗えませんが、島民は一日も早い帰島を願っております。ご支援、ご協力をお願いします。


 
(旧の記載)全国の皆さまへ

               
2015年6月

私たち口永良部島の被災島民は、それぞれの避難場所に落ち着きました。
特に、屋久島町の皆さんにはお世話になっております。故郷が遠望できる近さで、屋久島島民の皆さまのお心遣いにかこまれ、なによりも安全な屋久島は、避難所暮らしの我々にとっては安らぎです。しばらく御厄介になります。

屋久島の皆さまには、公民館や老人施設をはじめ、家を提供して頂いたり、食事を作っていただいたり、差し入れをいただいたり、散髪や美容、挙句のはてには、足裏や顏マッサージなどボランティアで支援していただきました。トレーニングジムやホテルの温泉まで自由に使わせていただいております。ペット達も獣医さんの訪問、預かりボランティアなどのお世話になっております。
ペット共々、VIP待遇です。レストランや商店には、募金箱まで置かれており、胸が熱くなります。

全国では、赤十字を中心に、さまざまな団体や個人の皆さまから、救助物質や募金、励ましを頂いております。心温まるご支援に心よりお礼申し上げます。
島民は、一刻も早い帰島を望んでおりますが、火山活動はなお活発で、先の見通しは立っておりません。今後ともご支援いただけるよう、お願い申し上げます。

           えらぶ被災者ニュース はこちら

「えらぶ避難所ニュース」は、第一次避難所の閉鎖に伴い「えらぶ被災者ニュース」と改題しました。ここをクリックしてください。



    ポータルサイト 2014年噴火 はこちら

観光客の皆さま、屋久島は安全です

                               2015年6月22日

屋久島では、観光客のみなさんのキャンセルがあるとお聞きしました。口永良部島の島民として心苦しく、また申し訳ない気持ちでいっぱいです。

観光客の皆さん
屋久島は安全です

口永良部島からは12㎞も離れているのです。今回の噴火では、屋久島の南部にホンのわずかの降灰がみられましたが、観光に支障はありませんでした。
歴史を紐といても、屋久島が被害を受けた記録はありません。屋久島の一湊地域の遺跡では、火山灰層が発見されていますが、縄文時代前期のことです。
鹿児島県には火山が数多くあります。桜島の場合はどうでしょうか?火口から鹿児島市の中心までは、約10㎞です。口永良部島と屋久島の間は12㎞です。それより近いにも関わらず、鹿児島市の観光で風評被害は聞いたことがありません。

「避難している人がおられるのに、屋久島観光して良いのだろうか」・・・・とためらっておられる方もおられるでしょう。私たち被災島民にとっては、皆さんが屋久島観光に来て下さる方が、お世話になっている屋久島の皆さんにためになると考えております。

もし、不安に思われて屋久島観光を考え直そうとしていた皆さまには、もう一度お考え直し願えませんでしょうか。

屋久島観光協会も、
観光客へ「屋久島は安全です」と訴えています。
ここのホームページを見てください。

屋久島町の、火山情報は
屋久島町ホームページ に掲載されています。


「安全」をどのように考えれば良いでしょうか?

                            2015年6月

口永良部島の島民にとって、噴火警戒レベル5 (島外への全員避難)との決定が続くことに困惑しております。警戒レベルとその内容が、法的に決められたために帰島ができず、生活が破たんする寸前に追い詰められております。
レベル認定をどのように考えればよいのでしょうか。

古来から口永良部島の島民は、噴火があるたびに高台に逃げ、噴火が収まれば元の暮らしに戻ると云う暮らしを、営々と続けてきました。江戸時代には、集落ごと安全な地域に移動しました。火砕流や土石流に対する警戒心のなかった昭和の初めには、犠牲者が出たことがありますが、戦後に繰り返された噴火では、被害者もなく、噴火を巧みにかわして今日に至っております。
災害における安全とは、
「被害を避けることができる状態」・・・ではないでしょうか?

口永良部島の島民は、昨年8月の噴火でも、けが人もなくやり過ごしました。自主避難だったために、「これぐらいなら大丈夫」と避難しなかった老人もいたぐらいです。今回の噴火でも、島民は、自主的に予め決めておいた高台に、無事に逃げおおせました。強制的な、島外への全員避難だったから、大丈夫と思いつつも島を離れた人が多くおられました。たしかに、口永良部島では太古の昔から、火山と共に生きてきました。
火山と折り合いをつけながら生きる・・・・・と云う観点からの「安全の定義」もあるのではないでしょうか。

噴火警戒レベル5は、全国で初めての例です。それだけに、その適用には注目が集まっています。レベル5=島外への全員避難ではなく、島外に避難しないですむ道はないでしょうか。
避難すべき地域を、噴石や火砕流の及ぶ地域に限ればどうでしょう。逃げる準備と心構えさえあれば、火口2㎞の外での昼間の耕作や漁業も可能のように思えます。実際にも、今回も昨年も、島民は無事に逃げ切っているのです。ただし、夜間の避難は危険ですから、火口から離れた島内の避難所で暮らす・・・・と云う策はどうでしょう。
皆さんにはコッケイかも知れませんが、島民は真剣です。
島の先達が実践してきた、火山と共に生きる・・・・方策を共に考えていただけないでしょうか。


被災者の支援のための「専門家によるボランティア支援」を求めます。


被災島民の結束を固め、帰島につなげたいと考えております。今後の厳しい避難生活を乗り切るには、行政とは異なった視点からの「施策」も欲しいところです。では、何をすれば良いのかを提言していただけるサポーター役・コンサルタント役が必要です。「えらぶ年寄り組」にはその力はありません。それを担っていただけませんでしょうか。        2015年6月

 被災者は、配慮してもらえます


下記は、避難直後の情報です。古い情報で、しかも不十分です。
総務省では「避難者支援のための相談窓口案内《ガイドブック》があります。それぞれのホームページで確かめてください。

 屋久島町災害対策本部から配布された「新岳噴火に伴う避難者確認事項」(以下 避難者確認事項)と避難所の壁に貼り出された「お知らせ」からの情報です。
◆総務省からの「ガイドブック」が配られました。
避難者支援のための相談窓口案内のパンフレットです。

◆種子島税務署からの「お知らせ」が配られました。
申告期限や、納税の猶予があります。詳しくは国税庁のホームページに。

◆税金の納付期限の延長 6月16日
町民税、固定資産税、軽自動車税、国民健康保険税、県税などの納付期限が延長されます。

◆貸付制度
生活福祉資金貸付制度と屋久島町社協法外援護資金があるようです。
「屋久島社会福祉協議会」に問い合わせてください。

◆郵便物の料金免除
7月4日まで。

◆電気料金の支払い配慮
5月29日付で契約は廃止されました。6月分(5月検針日から28日まで)の電気料金は基本料金だけの請求です。

◆NHK受信料は請求停止  6月23日
災害対策基本法では、避難命令を受けて1カ月以上になると、受信料が免除されます。1カ月たっていませんが、請求を停止すると連絡がありました。

◆ゆうちょ銀行、JAバンクでは
通帳紛失、印鑑の拇印代用、融資、期限前解約などの相談に応じてもらえるとのことです。
ゆうちょ銀行とJA種子屋久農協では、預金通帳の再発行ができます。

◆屋久島警察署からは、
被災者を狙ったウソ電話サギに注意するよう、「お知らせ」がありました。

◆心と体の相談窓口
被災者への、訪問、電話声掛けがあります。

①役場健康増進課
電話:0997-43-5900(内線344)、携帯電話:090-1082-7842
②地域包括支援センター(高齢者の窓口)
電話:0997-43-5900(内線323)、携帯電話:090-1082-7642
③屋久島保健所
電話:0997-46-2024




 ボランティア・ニュース
 
ボランティア・ニュース

◆えらぶ島民のお婆ちゃんから、
ボランティア行事への「参加者が少ない。せっかく遠方から来ていただいているのに、申し訳ないよ」と、ご指摘を受けました。私たちも、もっと通知を徹底したり、会場までの足を確保したりして、ボランティアの皆さんのご厚意の受け方を考え直したいと思いました。<2015年6月>

◆避難して6か月、
「参加者が少ない」という悩みはますます大きくなっています。被災者の疲れもあるかと思っております。参加者は少なくても「ボランティアに来て下さる方々の想いだけは無にしないように」との思いで対応させていただいております。
数日前にも、連絡や相談を受けたものが担当者に連絡を怠り、イベントがキャンセルになりかけました。あってはならないことでした。連絡を密にしたり、受け入れに失礼のにないように努力は尽くしたいものです。帰島してからも、ホランティアの皆さんの力はお借りしないとなりません。長いお付き合いになるので担当として注意します。<2015年11月>

◆イベント後に被災者の一言が必要では?
大阪の元新聞記者Nさんからの、ご指摘です。口永良部島ポータルサイトを見ていただいていただけでも感激でしたが、大切な点のご助言にも感謝しております。
早速、コラム形式で感想などを記載することにしました。<2015年11月>



◆12月22日(火) 10時~11時30分 仮設住宅・談話室
保健師による健康相談、血圧測定やゲームなど

◆12月20日(日)~21日(月) 13時30分~ 仮設住宅・談話室
美顔マッサージ

◆12月16日(水) 19時 仮設住宅・談話室
「口永良部島の火山噴火史や火山のメカニズム」
講師:下司信夫さん(産業技術総合研究所)

◆12月14日(月)
原水爆禁止鹿児島協議会(県・原水協)の皆さんがえらぶ被災者の激励に来訪されました。すべての世帯に、「いわさき・ちひろ」カレンダーをいただきました。

◆12月10日(木) 14時~16時 仮設住宅・談話室
「火山市民ネット」交流会が開かれました。
参加は、「島原市安中地区まちづくり推進協議会」、「洞爺にぎわいネットワーク」、「ネットワーク三宅島」、「減災・復興支援機構」の皆さん5名で、えらぶ被災者の参加は11名でした。報告は、「えらぶ被災者ニュース」37号に掲載しました。

◆12月2日(水) 10時~11時30分 仮設・談話室
ストレス管理教室 主催:屋久島保健所、屋久島町役場
ストレスと上手につきあう自己管理法を学びます。
講師:カウンセラー佐藤佳志子さん(一湊在住)
保健師・看護師による保健指導があります。

◆11月30日 13時~ 仮設・談話室
竹森マサユキさん(カラーボトル)の、えらぶ応援「弾き語りライブ 」

 11月29日のえらぶ支援の卓球大会で飛び入りで歌っていただいた「竹森マサユキ(カラーポット)」さんが、30日に、えらぶ仮設住宅の談話室で、えらぶ応援「弾き語りライブ 」を開いてくださいました。平日の日中のこともあり、働きに出て留守の人たちも多かったのですが、残留組のお年寄りが参加しました。屋久島の方々も含めて約20名。
 竹森さんは東日本大震災の被災者でもあり、「震災直後に食した鹿児島産の新鮮な野菜がありがたかった」、「いつか鹿児島の皆さんにお礼がしたかった」と語られました。竹森さんの思いを込めた熱唱に涙するお年寄りもあり、ささやかですが、心に残る屋久島でのライブになりました。初ライブを聞けて私たちも光栄です。もっとたくさんの方に聴いていただきたかったのですが。
 皆さんで聞いてくださいと、CDを頂きました。仮設談話室で預かっております。



◆11月29日 18時~ 仮設・談話室
えらぶ出郷者の皆さんからの寄付金 贈呈式

◆11月29日 18時~

「復興祈念・口永良部卓球大会」が、宮之浦体育館で開かれました。

 えらぶのヨットさんと屋久島の卓球クラブの皆さんが共催する「復興祈念・口永良部卓球大会」が、宮之浦体育館で開かれました。100名を超える卓球仲間があつまり、技を競いました。個人戦の優勝は、上級が廻さん、中級は被災中学生の二神君、初級は一湊の中学生・武石速人君。団体戦は、すべて屋久島勢が優勝でした。
 参加賞は、ヨットさん提供の、なんとイセエビ。みなさんの顔がほころびました。最後は東京の歌手・竹森マサユキさんが、飛び入りで歌を披露して、えらぶ被災者を慰問しました。


◆11月28日(土)、29日(日) 運動教室(鹿児島大学)
<28日(土)>
10時~17時 仮設・談話室
前回の結果お知らせ、体力測定、レクリエーション
<29日(日)>
10時~13時 縄文の苑
体力測定、レクリエーション

◆終了後、社会福祉協議会の昼食バイキング
<運動教室に参加するえらぶ被災者は、社会福祉協議会から昼食会に招待されています>

11月29日
運動教室の終了後、社会福祉協議会の皆さんが手作りされた昼食をごちそうになりました。招待を受けたのは、一次避難所に避難した被災者と、連日、食事を提供していただいた商工会婦人部、地域女性団体協議会や宮之浦婦人会の皆さん。さらに、運動教室に参加したえらぶ被災者と鹿児島大学の先生方。総勢50名近く。交流会では、社協会長さんの、被災者を引き受けたエピソードなどが披露され、思い出話に花が咲きました。


◆11月26日(木) 15時~ えらぶ仮設住宅 談話室
歌手・西田梨沙さんの慰問

◆11月26日(木) 19時~ 宮之浦公民館
歌手・西田梨沙さんの
「口永良部島・被災者支援チャリティー歌謡ショー」
えらぶ被災者は、招待していただいています。
屋久島町を通じて、支援金をいただきました。ありがとうごます。

 西田梨沙さんの
 「口永良部島・被災者支援チャリティー歌謡ショー」を聞かせていただきました。最近のリリース曲をふくめ歌手生活10年の心震わす歌声に、えらぶ被災者は元気をいただきました。
 3部構成の2部では、西田梨沙さんを応援する屋久島の皆さんが、日本舞踊や歌、空手を学ぶお子さんたちの試技、極めつけはなまめかしい女装の踊りなどで私たち被災者を楽しませ、力付けていただきました。
 屋久島の集落を回られて、歌謡ショウをされたようですが、西田梨沙さんを盛り立てようとする応援の皆さんに恵まれた西田さんの人柄にも感銘をうけました。
 ますますのご活躍を願っております。


◆11月8日(日) 10時~16時 老人いこいの家
宮之浦友愛クラブと
口永良部島老人クラブの交流会


◆11月6日(金) 午後7時~   えらぶ仮設住宅 談話室
    7日(土) 午後1時30分~ 宮之浦公民館
「灰干しワークショップ」
試作講習会、試食、交流会
主催:大妻女子大学 干川剛史研究室
参加料:無料です。

見やすいビラはこちら


◆11月5日(木) 午後6時~ 屋久島観光センター
「屋久島観光センター」から夕食と歌謡ショーのご招待
歌手の「美月 優さん」の出演です。

◆10月22日(木) 午後1時40分~3時 縄文の苑
「お楽しみ演芸会」
鹿児島市のボランティア・グループ「さわやか会」による唄や踊りです。

◆10月9日(金) 午前10時~  えらぶ仮設住宅 談話室
熊本県菊陽町の後藤三雄町長さんがえらぶ被災者の激励に来られた。
義援金約200万円とお米や野菜をいただきました。
菊陽町は、屋久島町の姉妹都市です。

◆9月27日(日) 午前11時~12時 老人憩の家
九州日本語学校 ベトナム、ネパール、中国からの留学生
民族舞踊、ダンス、歌
仮設住宅からマイクロバス10時30分発


◆9月18日 19時~、会場は「仮設 談話室」
講演会 干川 剛史先生(大妻女子大学)
演題は「島民が、いま考えておくことー三宅島の教訓ー」です。


◆9月13日 講演会
18時30分~ 日高一富さん 「えらぶ火山の現状」
19時~ 鹿児島大学 岩船昌起先生 「仮設生活での注意点」
いずれも、会場は「仮設 談話室」です。

◆9月10日
宮崎県立宮崎西高校付属中学校の
生徒さんと先生が、仮設住宅の住民を激励に来てくださいました。
激励メッセージが書かれたボードと手作りの栞をいただきました。。

◆9月7日
「えらぶ菜園」の引き渡し式

◆9月6日
NPO「じゃがいものおうち」が、豆腐作りと滝めぐり、温泉に招待してくださいました。

◆9月1日 体力測定(鹿児島大学)
8月30日 体操教室
いずれも、10時~12時に、会場は「縄文の苑」です。

◆8月30日
口永良部島応援コンサート「フォルクローレの夕べ」
夜7時から、仮設住宅の談話室


◆8月26日
バイオリン演奏会と講演会が開かれます。




ご案内のビラはこちら

 

 11月12日
 大阪で開かれた廣澤大介さんのバイオリン定期演奏会に、えらぶ2名、屋久島1名が参加しました。
 8月26日に屋久島で、大介さんは「えらぶ島民と支援する屋久島の皆さんを支援するバイオリン演奏会」を、お母さんは「発達障害の息子と生きて」と題する講演をしてくださいました。
 バイオリンの音色の素晴らしさとともに、体調不良にもかかわらず懸命に弓を引く大介さんの音楽に対する熱情、私たちに音楽を届けようとする使命感に心打たれました。
 この夏は、大介さんの体調とバイオリンは絶不調であったようです。大介さんの病はサバン的傾向にある「自閉症スペクトラム障がい」、夏まえから2次障害で精神的にも不調、体の各部が強張り、バイオリンが引けない時期もあったとのこと。 舞台のソデから聞いていて「途中で止めるのではないか」、「いつもはこんな音色ではない」とヤキモキしていたのですが、懸命な大介さんを見て落涙するうちに、「これでよい」、「ありのままの大介さんを聞けばよい」と心境が変わり平常心を取り戻しました。しかし、屋久島のみなさんに大介さんのメッセージは届いた・・・との確信を持てずにおりました。
 後日、コンサートを聞きに来てくれた知人に「普段はもっと良い音色なんですが」とついつい言い訳したところ「よい音色のバイオリンを聞かせてもらっていたら感激はしなかっただろう。あれだから良かった」との返事。ハッとしました。この一言はうれしかったです。大介さんのメッセージは、確かに屋久島の皆さんに届いていたのです。確信をもって知人に「素晴らしかったですね」と云えなかった自らを恥じた次第。
 いつの日か口永良部島で、”ありのままの”大介さんの音色を聞かせてもらいたいものです。




◆鍼灸マッサージ  8月9日
鹿児島県 鍼灸マッサージ師会
8月9日 10:00~15:00
会場:えらぶ仮設住宅 談話室

◆桂 福丸 師匠  8月8日
屋久島寄席
8月8日 14:00~
会場:縄文の苑

◆宮之浦青年団  8月8日
宮之浦青年団あてに、浜松の青年団から支援物質が届きました。
配給します。
8月8日 16:30~
会場:仮設住宅の談話室

◆フリーマーケット  7月29日~
「口永良部島と屋久島を元気にする会」がフリ-マーケットを開きます。
7月29日~
宮之浦フェリー待合所2階です。
18日(土)10時からは、同じ場所で打ち合わせ会を開きます。ご参加ください。

噴火2カ月の節目を迎え、口永良部島の被災者に元気になってもらおうと、「口永良部島と屋久島を元気にする会」が企画されたものです。
家に眠っている使えそうなものをご持参ください。たとえば、衣類、アクセサリー、日用品、バッグや帽子など手作りの品々などです。

◆応援コンサート
7月4日(土)14時~15時
避難所「縄文の苑」で歌手・宮井紀行さんの、応援コンサートが開かれます。

◆応援落語独演会
7月2日(木)14時~15時
避難所「縄文の苑」で三遊亭歌之介さんの、応援落語独演会が開かれます。

◆あおぞらYOGA
6月28日(日)10時~11時  <雨天のときは7月5日に延期>
宮之浦新港 芝生広場で
被災者は無料

◆ハンド・マッサージ
お休み前に、心地よい香りに包まれてリラックスしませんか?・・・・とハンドマーサージのボランティアをしていただけます。
6月23日(火) と 6月30日(火)   20:00~20:50

◆「がんばろう口永良部島」ステッカー
安房のバイク・自転車店「YOU SHOP南国」泊哲郎さんが「がんばろう口永良部島」ステッカーを販売、売り上げを島民代表に寄付。
連絡は0997(46)2705

◆リストバンド「応援島ス!口永良部島」
中村健一さんは、リストバンド「応援島ス!口永良部島」を販売し、売上金を口永良部島の復興のために寄付。ホームページは「応援島ス!口永良部島」

◆菜園用の畠<えらぶ菜園>を貸していただけます
野菜を作りたいなー。でも、農地がないからダメだ・・・・・とあきらめておられた方に朗報です。
社会福祉協議会のボランティアセンターに耕作の希望を申し込んでいたところ、地主さんのご厚意と、屋久島町や農業委員会のご尽力で、農地を貸していただけることになりました。
場所は仮設住宅からほんの1分くらい。希望者は7月10日頃までに川東さんまで。


◆9月7日 「えらぶ菜園」の引き渡し式  
お願いしていた「えらぶ菜園」の引き渡し式がありました。畑を提供いただいたIさんも出席、ご尽力いただいた農業委員会や、耕運していただいたJA、民生委員の方々が参加していただきました。夏の暑い盛りに、ボランティアで草刈をしていただいたり、耕作していただいた皆さんに感謝申し上げます。

◆ポータルサイト事務局への寄付
京都府城陽市のUさんから、1万円の寄付
大阪府岸和田市のIさんから、2万円の寄付。
事務局に、寄付を頂いております。ありがたいことです。しかし、ポータルサイト運営には費用がかかっておりません。ご心配には及びません。
頂いた寄付で、白黒のプリンターを手に入れ、広報に活用したいと存じます。





被災者の皆さんへ
「えらぶ被災者ニュース」です。


◆2015年12月25日
なお、これまでの「被災者のページ」は当初の目的を達しましたので、更新を中止することにしました。
今後は、「えらぶ復興のページ」に役割を引き継ぎます。


◆2015年6月
避難所で張り出したり、回覧しておりました壁新聞「えらぶ避難所ニュース」は、屋久島の印刷会社(本社、鹿屋市の株式会社)のご支援で、無料で印刷していただいておりました。心より感謝申し上げます。
「えらぶ避難所ニュース」は、第一次避難所の閉鎖に伴い「えらぶ被災者ニュース」と改題しました。号数は引き継ぎまし
た。

 えらぶ被災者ニュース(39 号) 最終号 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年12月25日
 
避難指示(一部を除き)の解除の日です

12月25日
いよいよ、避難指示が一部解除され、多くの島民が島に帰ることができる日を迎えました。
まずは、望みがかなったおめでたい日、けじめの日と云えます。
しかし、警戒区域にある前田集落の世帯は帰島できませんし、大雨のために土砂崩れのあった寝待集落の世帯も帰島できません。陰りのある「めでたさ」と云えるでしょう。
島民の多くは、被災者でなくなり普通の島民に還ったわけです。「島民」と「被災者」に分かれることになりました。帰島できる島民は、このことを常に念頭に置かねばなりません。

 えらぶ仮設住宅自治会は解散しました 

12月25日、えらぶ仮設自治会は解散しました。22日に開かれた仮設自治会の役員会で、仮設自治会の解散が決まりました。

一部地域への避難指示あるかぎり「被災者」が残るわけです。仮設住宅は、このままであり「被災者」が使えます。避難指示が解除された世帯で、住宅の整備や改修が済まないため帰島できない世帯も、入居を続けることができるようで助かります。
そんなこんなで、仮設住宅では数は少なくなりますが入居者は残ります。自治会を残す意見もあったのですが、入居者も少なく、高齢者も多いので、自治会の解散を決めました。
 



 えらぶ被災者ニュース(38 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年12月23日
自治会の最後の総会

<12月22日>
えらぶ仮設住宅の自治会総会が平成271222日に開かれました。27世帯のうち出席14世帯、委任状4、遅れて参加2世帯の参加があり、会計報告や残る方々への配慮すべきことを話し合いました。
重要な議題が済んだころからは、軽い食事をしながら、2か月の避難所での苦労、5か月の仮設住宅での暮らし・・・・
など越し方と、これからの行く末を語り合い、和やかな会となりました。総会の終了後はカラオケも持ち込まれるなど、名残惜しい集いとなりました。

◆自治会の解散
会長からの、「1225日(一部地区の避難指示解除の日)に、えらぶ仮設住宅自治会を解散」との提案が承認されました。

◆病人、体調が不調の人、高齢者の見守り 
仮設住宅では、すべての住人が帰島できるわけではありません。1225日以降も、一部地区の避難指示は続きます。水害で土砂崩れしたため、帰島を許されない世帯もあります。また、家族に病人を抱えたり、家の準備が遅れたりするなどで、残る世帯があります。
残留する仮設住宅住民の「病人、体調が不調の人、高齢者」などを誰が見守るのか・・・・が問題となりました。これまでは、仮設住民が見守ることができましたが、帰島者が増えるので、今後はこれが困難になります。 
現時点でも、かなり体調の悪い高齢者がおられます。たちまち問題が生じることが予想されます。
そこで、民生委員に見守りをお願いすることにしました。民生委員へは、本村区長から現状と問題点を伝えてもらうことにしました。 


帰島者の共用電気代 
帰島者の共用電気代については、下記の会長の<説明と提案>を、了承しました。 
<説明と提案>
町に、共用電気代を負担してもらうようお願いしておりました(127日付の要望書)。町からは、「本村区・湯向区に義援金の残金が配分される予定だが、帰島者の共用電気代は、その義援金をもらって支払ってください」と口頭で回答がありました。 
つまり、町は帰島者の共用電気代を、義援金で支払おうとしています(一旦、義援金を本村・湯向区に支払い、その資金から、共用電気代を本村・湯向区が支払う・・・・とする間接的な負担方法です)。本来、仮設住宅の提供や運用は、国や県の責任で対処されるべきものです。町は、県や国から費用を獲得するのが本来であり、義援金を使うのは筋違いです。さらに、町が義援金で支払おうとしているのは、義援金の使途や公平性からも、疑問があります。

このように、「共用電気代を義援金でまかなう」と云う町の回答のままに、自治会が町からの電気代補助を受けることは、義援金を寄せられた皆さんに申し開きができません。 

そこで、会長からの提案は、 
1)義援金の趣旨(使途や公平性)から考えると、電気代を、義援金から負担してもらうわけにはゆかない。 
2)町の配慮はありがたいのですが、義援金の趣旨からは疑問があるので、町の提案はお断りする。 
3)共用の電気代は、自治会の会計から支払う(自治会に頂いた寄付金があります)。 
4)町には、上記1)から3)を説明します。 
5)町には、「仮設住宅の提供は、国や県の責任で対処されるべきものであり、共用電気代の費用については、復旧・復興にかかわる必要経費と位置付けるべきであり、町は県や国から費用を獲得するのが本来です」との趣旨の意見書を出します。  

◆要望書や意見書 
総会の話し合いを受けて、要望書や意見書を、屋久島町や鹿児島県、義援金の配分委員会に提出することにしました。

要望書や意見書


◆要望書

 
  口永良部島新岳噴火災害への義援金・使途に関する質問と要望書    
                                                20151222日 

鹿児島県 知事 殿、鹿児島県 県議会議長 殿、鹿児島県 県議会 議員 殿 
屋久島町長、屋久島町・町議会議長、屋久島町・町議会議員 殿 
屋久島町口永良部島新岳噴火災害義援金配分委員会 殿 

                              提出者:えらぶ仮設住宅自治会 会長 山口英昌 
                              住所:屋久島町宮之浦2470-3 えらぶ仮設住宅 3-3 

口永良部島新岳噴火災害への義援金・使途に関する質問と要望の件 
1225日には町長の「一部・避難指示解除」が予定されており、お陰さまでほとんどの被災島民は、島に帰ることができます。屋久島町や鹿児島県のご尽力のお陰であり、心よりお礼申し上げます。
さて、義援金に関する質問と要望があります。本来、義援金は全国の皆さんから、「被災者の生活支援や生活再建、島の復興のために」と寄付を頂いたものです。「国や県・町など行政ができないところを補う」と云う趣旨の尊い寄付金です。 

1130日の帰島説明会で、町は「住宅被害などの修理費用は、県からの義援金で賄ってください。被害の多寡には無関係に一律支給です」と説明されました。町や県の対処は、ありがたいことです。 
しかし、被害家屋の修理費用は、県に寄せられた義援金ではなく、本来は、県や国の災害予算から支出されるべきです。 

          記 

1)町は帰島説明会で、「被害家屋の修理費用を義援金で賄うように」と、島民に説明されました。どうして国費や県の災害予算でなく、義援金からの支出なのですか?私たち被災者に理由を説明してください。 

2)義援金は、「国や県・町など行政ができないところを補う」使い方が本来の義援金の使い方です。被災者の生活支援や生活再建、島の復興のために使ってください。 

<補足説明> 
避難指示は、市町村長(町長)の責任において発令されます。それにともなう財政的な支援は、県や国が担うことが決められています。したがって、町長や県など行政は、避難指示の間の被災者の家屋や財産などの損害を最小限に止めることはもちろん、その後の災害復旧を行う責任があります。義援金で肩代わりはできません。 


◆意見書 

「仮設自治会・共用の電気代の町負担」の屋久島町回答に対する自治会の意見書
                                                20151222日 

屋久島町長、屋久島町・町議会議長、屋久島町・町議会議員 殿 
屋久島町口永良部島新岳噴火災害義援金配分委員会 殿 

                        提出者:えらぶ仮設住宅自治会 会長 山口英昌
                        住所:屋久島町宮之浦2470-3 えらぶ仮設住宅 3-3 

<件名>「仮設自治会・共用の電気代の町負担」の屋久島町回答に対する自治会の意見書 
127日に、提出しました自治会の要望書で、「共用の電気代を、残留した世帯で分担すると、負担が多くなります。町に負担してもらうようお願いします」と要望しておりました。 町からは、「本村区・湯向区に義援金の残金が配分される予定だが、帰島者の共用電気代は、その義援金をもらって支払ってください」と電話での回答がありました。町のご配慮は、大変ありがたいことです。 
しかし、町による義援金からの支出には疑問があり、えらぶ仮設住宅自治会は、下記のように「義援金からの共用電気代の支払いはできないので、町の回答をお断りします」との苦渋の決定をいたしましたので、お知らせします。

<お断りの趣旨>
町からの回答によれば、町は仮設住宅の退去者の共用電気代を、義援金で支払おうとしています(一旦、義援金を本村・湯向区に支払い、その資金から、共用電気代を本村・湯向区が支払う・・・・とする間接的な負担方法と理解しました)。
本来、仮設住宅の提供や運用は、国や県の責任で対処されるべきものです。町は、県や国の災害予算を獲得するのが本来であり、義援金を使うのは筋違いです。さらに、町が義援金で支払おうとしているのは、義援金の使途や公平性からも、疑問があります。このように、今回の町の回答は、義援金を寄せられた皆さんに申し開きができません。 

自治会のお願いに対して、せっかくの町のご配慮ある回答ですが、上記趣旨をご理解いただき、ご容赦くださいますようお願いいたします。 

           記 

1)義援金の趣旨(使途や公平性)から考えると、電気代を、義援金から負担してもらうわけにはゆきません。
2)「仮設住宅の提供は、国や県の責任で対処されるべきものであり、町は県や国から費用を獲得するのが本来です。
3)町の配慮はありがたいのですが、義援金使途の趣旨からは疑問があるので、町の提案はお断りします。
4)共用の電気代は、自治会の会計から支払います。

<補足>えらぶ仮設自治会は、1225日をもって解散いたします。



 えらぶ被災者ニュース(37 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年12月20日
住民説明会とその後


<11月30日 住民説明会>
「完全帰島へ向けた準備」と題した住民説明会が開催されました。
念願の帰島が、いよいよ実現します!!!
町の説明に、質問は特になく、多くの島民は納得し受け入れたようです。

町が用意した説明以外では、下記の質問がありました。
帰島後の島民の安全をどのように考えるのかとする観点からの質問で、
◆ハザードマップは用意するのか?
◆夜間の避難訓練が必要でないのか?
◆火口に近い住居近くでのガス濃度の測定が必要ではないか?
上記の質問には、「善処する」とのニュアンスの回答に聞こえました。

念願の帰島が実現する日は間近です。
しかし、警戒区域にある前田集落に世帯は帰島できませんし、大雨のために土砂崩れのあった寝待集落の世帯も帰島できません。
明暗分かれました。被災者そろって帰島したいとろですが、それが叶わず残念です。

<12月11日 町長が帰島宣言>
町長が、伊藤知事に「12月25日に一部の区域を除き避難指示を解除したい」と報告しました。いよいよ帰島が始まります。

<12月17日 フェリー太陽の運航再開の通知>
12月29日から、フェリー太陽の運航が再開されるとの通知がありました。しばらくは旅客と車両運賃は免除されるようですが(貨物は有料)、避難指示が解除された被災者には、運賃免除は来年1月15日までで、それ以降は通常運賃とのことです。
それまでに引っ越しが済む世帯は問題ありませんが、島の住宅の整備に時間のかかるために、しばらく島と屋久島の間を往復しなければならない世帯は困ることになるのは明らかです。それぞれの事情を配慮してもらえないのでしょうか?

<12月18日 仮設明け渡しの注意が配布>
仮設入居者向けに、「仮設明け渡し」にあたっての注意が配布されました。

町の帰島準備の体制は、手際が良く順調ですが、被災者の中には、対応できない弱者のあることが、配慮されていないのでは・・・・と心配になります。

えらぶ仮設住宅は閑散! 初めての退去世帯も! 

12月8日の滞在型の帰島が始まり、仮設住宅は閑散としてきました。世帯によって一時滞在の期間は異なります。帰島したり仮設住宅に戻ったりと、出入りがありますが、夜に電灯が灯っている世帯は、半数くらいでしょうか。

<仮設住宅から退去世帯 第一号>
12月19日に、仮設住宅から初めての退去世帯がありました。カギを返却されての帰島です。



 えらぶ被災者ニュース(36 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年12月12日
滞在型の帰島が始まりました

12月8日から、滞在型の帰島が始まりました。食料の入手などが島ではできませんが、十分に時間を取って、それぞれの家の清掃や整備が可能となりました。さらに帰島が近くなりました。

火山被災地の皆さんと交流会

 12月10日 14時~16時 仮設住宅の談話室
「火山市民ネット」交流会が開かれました。

◆参加は、「島原市安中地区まちづくり推進協議会」、「洞爺にぎわいネットワーク」、「ネットワーク三宅島」、「減災・復興支援機構」の皆さん5名で、えらぶ被災者の参加は11名でした。
被災各地で実施された復興事業のやり方・手順の紹介がありました。地元の要望がまずあり、それを地元の行政(市)がくみ上げて「こんな予算獲得のやり方がありますよ」と、行政(市)から助言があったので、県や国の予算を獲得できた・・・・とのことでした。これは、私たちにも参考になる方法です。
その他にも、多くの助言がいただけました。
◆中でも印象に残った助言は、「行政は、被災者が要望しないと、何もしてくれないですよ」、「どんどん、要求を行政にもっていかないとダメですよ」と言われたことでした。
◆えらぶ被災者の場合には
、被災前から行政に対しての強い信頼感があります。「要望を町にもって行き、強く要求する方法は、なじまないのでは」と云う意見が参加者からでました。えらぶ島民はこれまでも「行政(町)を信頼しており、云わなくてもわかってくれる」と考える人が多くおられるようです。交流会でも、「強く要求しよう」との意見もありましたが、それには抵抗感を持つ島民が多いようです。このような「えらぶ流」が、主流でしょう。
◆他の助言では「被災者が主導して説明会を開催し、町から“説明に来てもらう”のが良い」・・・・と云う点でした。住民が主体的になり、主導権を取りなさい・・・・と云う助言でした。これまでの私たち被災者は、町主催の説明会に出かけて、説明してもらってきました。これも「えらぶ流」であり、これからも従来の方法が踏襲されることでしょう。
◆重要なことは、今回参加の被災地の皆さんからは、「えらぶ流」ではない新たな助言があったことです。えらぶ被災島民には、「えらぶ流」でない意見が他の被災地にはあることを知りました。「えらぶ流」で良いのかと後ろを振り返る良い機会となりました。
◆えらぶ島民から
「定住者が増えるよう長期間を見こした計画を立てたい。離島であることでの困難さがある」との発言がありました。被災団体の地域では、「定住増のためには住宅が必要であり、“空き家バンク”と名付けた方策をとっている。“空き家バンク”は、行政が中心となって、空き家を確保している」と助言がありました。
◆被災団体の皆さんからは、「今いる住民が、人口が減っても、楽しく暮らしている」と云う状態が良いのではないでしょうかとの発言がありました。大事な視点です。
◆また、マスコミを味方につけなければと云う助言もありました。

有意義な交流会でした。

”仮設・自治会の今後”アンケート

12月8日に滞在型の帰島も始まり、12月下旬には町長の「帰島宣言」も予想されます。えらぶ仮設住宅では、自治会の住民が減少し、役員も帰島することから、「自治会の今後」を話し合うことになりました。意向把握のために、アンケート調査が行われました。
アンケート内容と、アンケート結果はこちらです。

仮設自治会で要望書
 年末から年始にかけて、多くの被災者が帰島します。一方で、帰島できない被災者が仮設住宅などに残留することになります。残留する被災者の”生活の質の低下”が予想されるため、自治会では屋久島町に要望書を提出することになりました。



 えらぶ被災者ニュース(35 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年11月30日
帰島説明会が開かれました

11月30日
「完全帰島へ向けた準備」と題した住民説明会が開催されました。
念願の帰島が、いよいよ実現します!!!

町の説明で明らかになった点は、
◆帰島準備のための「滞在型の一時入島」が、2月8日から実施されることなりました。
◆すぐにでも、住居が使える世帯は、実質的に帰島できることになります。
◆数泊の一時入島・滞在も可能です。
◆この間、フェリー太陽は無料で乗船ができます。
◆今後のスケジュールの中に「完全帰島日」とありますが、「前田地区の立ち入り禁止が解除されて、前田の人たちの帰宅が可能になる日」であるとの説明がありました。町長が「前田地区の避難指示を解除する日」とも云えます。
◆つまり、前田地区の避難指示解除に先立って「前田地区以外の避難指示解除」もあると云うことです。
◆その場合は、前田地区以外の世帯は避難者でなくなることになります。仮設住宅や公営住宅、民間住宅から退去しなければならないでしょう。
しかし、厳格にはそうだが「町は柔軟に対応します」との回答にも聞こえました。
◆支援策では、
被害のあった家屋などの改修や補修は「県からの義援金で対応してください」、「被害の大小があっても、一律の支給です」とのことでした。

以上の町の説明に、質問は特になく、多くの島民は納得し受け入れたようです。

町が用意した説明以外では、下記の質問がありました。
帰島後の島民の安全をどのように考えるのかとする観点からの質問で、
◆ハザードマップは用意するのか?
◆夜間の避難訓練が必要でないのか?
◆火口に近い住居近くでのガス濃度の測定が必要ではないか?
上記の質問には、「善処する」とのニュアンスの回答に聞こえました。

念願の帰島が実現する日は間近です。

情報格差の広がりが心配です 

 帰島が始まると、仮設住宅と屋久島島内、町外と3つの区域に分かれて住んでいた私たちですが、さらに口永良部島が加わり4つの区域に分散します。
 これまでも屋久島島内だけでも情報の格差が埋まらず、島民からの苦情が絶えませんでした。これからは4区域に分かれて住むことになり、情報格差は更に広がることになります。
 残念ながら、ポータルサイトは、情報格差を解消する有効な手立てとはなりませんでした。忸怩たる思いです。結局は技術の問題よりも、関わる人間の問題、被災者に寄り添う気持ちのなさの問題だろうと思いいたりました。
 しかし、ポータルサイトは諦めずに、今しばらくは当初の目的どおり「情報格差の解消」に取り組みたいと考えております。

ポータルサイトの内容変更も

完全帰島が実現すれば、被災者がいなくなります。そうなれば、ポータルサイトの「えらぶ被災者ニュース」も用無しとなり廃刊となります。
帰島のあかつきには、私たち口永良部島の島民は、生活再建と復興に取り組まねばなりません。そうなればと「えらぶ復興ニュース」として発行し、全国の皆さんへの発信も必要ではと考えております。
ご意見をお寄せ下さい。


 えらぶ被災者ニュース(34 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年11月29日
 
明日は島民説明会です  

11月30日19時から、
 年末に迫った、町長による「年末には帰島できます」宣言であり、帰島の「工程の説明」になるはずです。私たち被災者にとっては、転機となる大切な説明会です。しっかり説明を受けたいものです。

えらぶ出身の方々が

11月29日の夕刻、
 口永良部島の出身の方々で組織されている「金岳会」メンバー4名が、被災者の激励に仮設住宅を訪問され、集めてくださった義援金を届けてくださいました。
 交流会が催され、島民20名ばかりと歓談しました。「これまでにない知恵を出しあって、島を復興して欲しい。そのためには、支援します」、「永良部のおかげでここまでこれた。いまこそ永良部のために力尽くしたい」など、帰島を目前にした私たち島民にはあたたかく、力強い励ましをいただきました。夜遅くまで話は尽きず、なごりおしい交流会となりました。
 これからの復興のために、出郷された皆さんの知恵と励ましがなによりです。よろしくお願いします。

復興祈念 口永良部卓球大会


11月29日
 えらぶのヨットさんと屋久島の卓球クラブの皆さんが共催する「復興祈念・口永良部卓球大会」が、宮之浦体育館で開かれました。130名を超える卓球仲間があつまり、技を競いました。個人戦の優勝は、上級が廻さん、中級は被災中学生の二神 遼君、初級は一湊の中学生・武石速人君。団体戦は、すべて屋久島勢が優勝でした。
 参加賞は、ヨットさん提供の、なんとイセエビ。みなさんの顔がほころびました。最後は東京の歌手・竹森マサユキさんが、飛び入りで歌を披露して、えらぶ被災者を慰問しました。

社会福祉協議会が、ボランティアの皆さんと被災者を昼食に招待

11月29日
 屋久島社会福祉協議会「縄文の苑」では、昨日に引き続き、鹿児島大学による「運動教室」が開かれ、体力測定の結果説明や運動指導、レクリエーションを楽しみました。健康維持には、日ごろの運動習慣が大切なことを学びました。
 運動教室の終了後、社会福祉協議会の皆さんが手作りされた昼食をごちそうになりました。招待を受けたのは、「縄文の苑」に避難した被災者に、食事を提供していただいた、商工会婦人部、地域女性団体協議会や宮之浦婦人会のみなさん。さらに運動教室に参加したえらぶ被災者と鹿児島大学の先生方。総勢50名近く。。交流会では、社協会長さんの、被災者を引き受けたエピソードなどが披露され、思い出話に花が咲きました。

三宅島など、各地の被災経験者との交流会


12月10日
 三宅島など、各地の被災経験者との交流会が、12月10日に予定されています。今のところ詳しいことは決まっていないようです。

廣澤大介さんのバイオリン定期演奏会(大阪)に参加しました

11月12日
 大阪で開かれた廣澤大介さんのバイオリン定期演奏会に、えらぶ2名、屋久島1名が参加しました。
 8月26日に屋久島で、大介さんは「えらぶ島民と支援する屋久島の皆さんを支援するバイオリン演奏会」を、お母さんは「発達障害の息子と生きて」と題する講演をしてくださいました。
 バイオリンの音色の素晴らしさとともに、体調不良にもかかわらず懸命に弓を引く大介さんの音楽に対する熱情、私たちに音楽を届けようとする使命感に心打たれました。
 この夏は、大介さんの体調とバイオリンは絶不調であったようです。大介さんの病は、サバン的傾向にある「自閉症スペクトラム障がい」、夏まえから2次障害で精神的にも不調、体の各部が強張り、バイオリンが引けない時期もあったとのこと。
 舞台のソデから聞いていて「途中で止めるのではないか」、「いつもはこんな音色ではない」とヤキモキしていたのですが、懸命な大介さんを見て落涙するうちに、「これでよい」、「ありのままの大介さんを聞けばよい」と心境が変わり平常心を取り戻しました。しかし、屋久島のみなさんに大介さんのメッセージは届いた・・・との確信を持てずにおりました。
 後日、コンサートを聞きに来てくれた知人に「普段はもっと良い音色なんですが」とついつい言い訳したところ「よい音色のバイオリンを聞かせてもらっていたら感激はしなかっただろう。あれだから良かった」との返事。ハッとしました。この一言はうれしかったです。大介さんのメッセージは、確かに屋久島の皆さんに届いていたのです。確信をもって知人に「素晴らしかったですね」と云えなかった自らを恥じた次第。
 いつの日か口永良部島で、”ありのままの”大介さんの音色を聞かせてもらいたいものです。


 えらぶ被災者ニュース(33 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年11月10日

えらぶ復興の夢を語り合いました。
  「灰干しワークショップ」の報告  

11月6日と7日の「灰干しワークショップ」が無事に終わりました。
用意された各地の灰干しを試食しました。また、えらぶ島民のユキナさんが釣った2種類の魚を使って、あらかじめ作っておいた灰干しを、処理していない魚と食べ比べました。
味は確かに良い。深みがある。塩味が和らぐ。・・・・・などの感想が寄せられました。ワークショップ当日に作った灰干しは、数日冷蔵庫で熟成した後に味見することにします。

参加者が少なかったのが残念です。この日は、「屋久島学ソサエティ―」の開催や、商工会の「夢まつり」のイベントがあり、ワークショップ開催日と重なりました。せっかく、干川先生や梛木さんに講演や作り方講習をしていただいたのですが、参加者が少なく受け入れ側としては申し訳ない思いです。

それでも、初日の参加者は口永良部島の島民が10名(屋久島町から8名)、2日目は島民7名(屋久島町から7名)で、合計で30名を超える参加者がありました。なによりも有り難かったことは、両日ともに、交流会では実のある、真剣な話し合いができたことです。

2日目の参加者からは、下記のようなメールをいただきましたので紹介します。
「今日は久しぶりとっても有意義なワークショップをありがとうございました。口永良部にとって有力な方法だと思います。①素材が豊富にあること。②灰もあること。③日持ちするので離島で可能なこと。④すでに全国的に知られていること。
ディメリットは運送費が掛かることぐらいです。すぐに取りかかるべきだと思いました」とのメールでした。

他の参加者のご意見でも、口永良部島は全国的に知名度が上がっている。今がチャンス。灰干しを売り出せば、復興事業として応援してもらえるのではないか。小規模にして、民宿で使ってもらって評判をとって、実績をつくってから規模を広げたらどうか。
また、屋久島の観光振興にも議論がおよびました。いくつかのアイディアが話題に上りましたが、なかでも宿の料理メニューをもっと工夫すればとの提案もありました。料理が良くないと人には、屋久島が良かったと推薦してくれないし、リピーターにもなってくれない・・・などです。商工会の婦人部の方々からは「イベントで、灰干しを出品してみようか」との声もありました。熱心にメモを取る方もありました。内容の方は、中身の濃いイベントだったのでは・・・・と、少しホッとしています

えらぶ写真展

口永良部島ガイド協会(代表:貴舩恭子さん)が主催する巡回写真展が開かれています。口永良部島の自然と文化を、写真と子供たちの詩を通じて紹介する企画です。

<日程・場所>
10月7日~11月7日  安房漁協(まんてん橋@安房)
10月19日~23日    鹿児島県立屋久島高等学校
10月26日~31日    屋久島町立中央中学校
11月2日~6日      屋久島町立宮浦小学校
11月9日~13日      屋久島総合センター(安房)
11月21日~22日    アイランダー(東京・池袋)
11月29日~12月19日 屋久島環境文化村センター(宮之浦)
12月21日~26日    口永良部島仮設住宅談話室
(帰島後は口永良部島で展示)

<注意>学校での展示は、児童生徒を対象とした展示です。


日程は下記から転載したものです。詳しくは下記のページを参照。
http://kerabu.blog.fc2.com/blog-entry-279.html



 えらぶ被災者ニュース(32 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年10月31日

以下のアンケートは、本村・湯向の合同役員会で、仮設自治会からの要望を提案する上での資料として紹介されたものです。
合同役員会はマスコミの取材を許したので、議論の内容や資料が公開されることになりました。そこで、ポータルサイトでも個人情報に注意して掲載します。

えらぶ仮設住宅自治会で帰島アンケート

えらぶ仮設住宅自治会では、仮設入居の27世帯を対象に、「帰島アンケート」が行いました(10月27日~30日)。10月30日の自治会総会で「帰島アンケート」の結果が配布され、帰島について心配なこと、問題となることが、話し合われました。仮設住民の要望を、区を通して町にお願いするための総会でした。アンケートは、仮設住宅の27世帯中、25世帯から回答がありました。

◆アンケート結果に関して意見交換された内容
1)仮設住宅について、副町長の発言を確認
<10月29日、国会議員(秋元氏)の慰問に同行した副町長が仮設・談話室で発言>副町長から、「7月末までは、このまま使ってください」、「入居後、2年間は使ってもらえる」との発言があり、出席していた町担当職員も、副町長の発言を確認しました。>

2)アンケートの回答の中にも、
完全帰島まで数か月の間、仮設住宅をこのまま使いたい(仮設に暮らしながら、帰島して家を整備する)・・・・との希望が多かったので、副町長の発言に、仮設の皆さんは安心できたようです。
仮設以外の被災者はどうだろうか?と心配する発言もありました。

3)寝待の住民から、
日帰り帰島では、道が崩れていて、坂道を徒歩で往復するだけで疲れてフラフラになり、家の清掃どころでなかった。帰島後、熱が出て、通院した。寝待への道路は、何か所も土砂が崩れたり、道路下が落ちてしまった個所もある。復旧には時間がかかりそう。トイレ横、温泉横もがけ崩れがある。温泉入り口まで土砂が押し寄せ、ドアが半分近く埋まっている。寝待温泉の内部は未確認。
<西之湯は、大雨で流れ込んだ土砂で湯船が埋まっています。湯向温泉、本村温泉は従来どうりで無事です>

4)アンケート結果にも、「家が必要」との
切実な願いがある。寝待と前田の住民には、「家を用意する」と、町が明言しているが、その内容は明らかではない(説明をしてもらっていない)。町には、事情を説明してもらうように要望する必要がある。寝待への道路を早く復旧してもらわないと、帰島準備もできない。

5)「前田(寝待)の皆さんは寄合をして、町への要望をまとめて、町と交渉されてはどうか、区民は応援します」・・・・との発言があり、出席者の皆さんも賛成した。

6)寝待・湯向以外の被災者も家が大変です。
アンケート結果から、町からの支援がなければ、手が付けられないところがほとんどです。家の手入れでは、少なくともタタミがもらえて、人手を回してもらえれば、ずいぶんと助かるとの要望も。

7)「すぐに帰れない」とする世帯が6世帯ある。
前田、寝待以外の世帯がある可能性があり、配慮する必要がある。

8)「帰らない」、「迷っている」と
アンケートで回答した世帯が4世帯もある。事情があるだろうから、他の被災者もこれを認めて、島外でも暮らせるように応援する必要がある。町に対処を要望しなければならない。

9)帰島準備をするために、
① もっと回数を増やしてもらわないと、帰島準備が進まないとの訴えがあった。
② 町長が「電気・水道・ガス、電話、農協や郵貯、学校、消防、道路、フェリー太陽の毎日運航など(いわゆるライフライン)が整いました。皆さん、島に帰れますよ」との発表(帰島できます宣言)が12月末か1月初めにあった場合ですが、被災者は、すぐ帰れる状態にないことが、アンケート結果からも伺えます。また、ライフラインの復旧のためにも、セメント設備が確保できないと話にならない・・・・との発言があった。
③ 「町長の帰島できます宣言」は、島民からすると、「やっと帰島準備が始められる」スタートラインである。
④ アンケート結果からは、「町長の帰島できます宣言」の後、多くの被災者は、帰島するまで数か月は、仮設住宅と島を往復する必要があると考えている。
⑤ 帰島準備期間は、フェリー太陽の利用は、無料として欲しい(④のためには)。
⑥ 帰島準備のために、帰島回数を増やして欲しい。
⑦ 帰島準備(⑤や⑥の)が、いつまでの期間かで、議論があった。
12月末までとする意見と、2年後(仮設入居から)だとする意見があった。

10)町長が
「避難指示の解除」を、12月末か1月初めに宣言する・・・・・と云う流れがある。「避難指示の解除」が、町長の「帰島できます宣言」と同じだとすると問題です。
町長が「避難指示の解除」を宣言すると、被災者は被災者でなくなります。法の保護がなくなることに注意が必要です。
寝待や前田の人たちが、島に家が確保でき帰島してはじめて「避難指示の解除」すべきです。また、他の被災者も、帰島し家に落ち着くまでに、荒れ果てた家を整備するのに数か月かかると回答しています。これらが解決して初めて被災者が被災者でなくなります。町長には、軽々に「避難指示の解除」してもらっては困ります。

11)引っ越し
① 町は、帰島の手順(工程、スケジュール)を明らかにして欲しい。
② 引っ越しも、荷物が多いので、順番になるだろう。順番を決めなくてはならない。

資料  帰島アンケート(えらぶ仮設自治会) と 集計

(全世帯数27のうちアンケート回収世帯数25、赤字の数値は、その質問への回答数)

◆帰島して分かった家の状態
1)家は、すこし掃除をすれば、すぐに住めそう。

2)すぐには住めそうでない。仮設住宅に住みながら島に通って手入する。
                            12
それには、約( )か月くらいかかる。
3か月 3~4か月 6か月 10~12か月  月の無回答
 1    2    1    1      6
3)島に住みながら手入する。

4)住めそうにないくらい、荒れているので、住まない。

(ではどうしますか?   )家についてのその他の要望は?
(                        )
◆帰島について<電気、水道、ガスなどが整った後に、どうしますか?>
1)すぐに帰る。

2)しばらく仮設住宅に住みながら、島の家を住めるようにして島に帰る。
                            12
どのくらい掛かりそうですか? (  )か月後には帰島できそう。
 2か月 3か月 3~4か月 4か月 10~12か月  2年
  1   3    1    1    1      1
3)すぐには帰れない。個人的な理由がある。立ち入り制限がある。
 
4)帰島を迷っている。
 
5)個人的な理由があり、帰らないつもり。

6)屋久島で、町営・県営・民間住宅などに入りたい。
 

◆家を手入れするのに、町にお願いしたい支援<複数でも良いです>
1)資金援助、 2)資材援助、  3)人手が必要  その他の希望
   
9       6        8     

◆生活で困ること(島に帰ってから)○を複数つけても、良いです。
1)島に帰ると、仕事がない。2)仕事が不十分。3)すぐに収入がない。
  
 5            5          5 
4)噴火の前と比べて、生活資金が不足する。
11
5)困ることや、心配事で、相談したいことがある(医者、看護師、民生委員、議員さんなどに)。
11 
6)その他、自由に記入してください。
7 

◆記述された内容
<個人情報保護の観点から一部を省略した>

家が必要。引っ越しに順番があるのか。泥水が入っている。掃除もしていないのにゴミ量をせかされた。雨漏りやシロアリが付いておりすぐ帰れない。腕の立つ医者が必要。大工の手配を希望 。トイレを汲んでほしい。床下浸水をしたので消石灰を撒いて。シカや大雨にやられて食料が心配。電気製品が全部使えない。牛の心配で、家まで手がまわらない。



 えらぶ被災者ニュース(31 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年10月25日
 
えらぶ消防分団長が三宅島の報告


10月23日(金)
えらぶ消防分団長が三宅島を視察され、10月3日に東京で行われたシンポジウム「噴火災害時の被災地支援を模索する」に参加されました。仮設住宅の談話室で、報告会をしていただきました。
溶岩流にのみこまれた集落の跡、2階部分まで溶岩流が押し寄せた学校などの現地写真は迫力満点で、えらぶとは桁違いの被害と被災の困難さがうかがわれました。
団長の報告の中で強調されたのは、三宅の被災者からの助言として「できるだけ何回も帰島すること。でないと家が傷む」と云う点でした。
報告の中で「302名が収容できる避難所が、帰島前に建設された」とのことで、写真からも、設備の整った施設であることが、分かりました。えらぶでも、このような施設が欲しいものです。
報告会には、仮設住宅外からもふくめて20数名の参加がありました。

示唆に富む新聞記事を紹介します


南日本新聞2015年10月21日の記事です。

田代ー湯向のあいだの、大山での噴石を考えると、島民にとって気をつけるべき箇所を示した警戒地図(ハザードマップ)は、帰島するにあたっての必需品です。地図は、気象庁と国土地理院との共同作成としていただきたいものです

同じく南日本新聞の10月22日付けの記事紹介です。

被災者ニュース30号で紹介した、説明会における気象庁の回答とも重ね合わせてみると興味深い記事です。今後の気象庁の対応を期待したいものです。

 



 えらぶ被災者ニュース(30 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年10月23日
 
噴火予知連が警戒区域を縮小


マスコミでも表現がまちまち
  警戒区域-->避難指示範囲 
(10月25日 加筆)

         警戒範囲

10月22日、気象庁の説明会がありました。昨日の噴火予知連絡会の「警戒レベル5で、警戒区域の縮小」とする決定を受けての説明会でした。前田集落が2.5㎞の警戒区域に入れられたのは火砕流の恐れがあること、その他が2.0㎞の範囲とされたのは、2kmを超えて飛ぶ噴石の恐れは低いからとの説明でした。
警戒範囲が2.5㎞から2㎞に縮小される条件は「地震回数と、ガス量の低下を判断する」とのこと、なぜレベル3に下げなかったのかと云う問いには、「御嶽山の例があり慎重にした。理解してほしい。」との返答でした。

◆質疑応答の中で明らかになった
特に重要な点は、
①予知連の判断を待たなくても、気象庁が単独でレベルの決定をできる。
②再噴火があった場合、
どんな警戒区域の決め方をするのか?また、全島避難か?警戒区域の距離を考慮に入れるべきでないのか?島外への避難でなく、島内避難ができないのか?・・・・との質問には「距離を考慮に入れた警戒区域の設定は考えないといけない。今回の避難で学んだ点だ」との回答が、気象庁と屋久島町の両者からありました。
この回答は、重要です。

◆また、帰島後の島民の安全のために、
危険個所の地図(ハザードマップ)の作成を考えていると気象庁は言明しました。

◆2.5㎞の警戒範囲に入った前田集落の住民のためには、住宅の用意がなければなりません。代替え住宅なくしては、町長の云う「みんなで島に帰ってもらう」と云う公約の意味がありません。



 えらぶ被災者ニュース(29 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年10月17日
帰島に向けた住民説明会がありました


10月16日に、「完全帰島に向けた対策について」と題する住民説明会が開かれました。9月25日に、帰島・復興を計画し実施する「口永良部島噴火災害復興対策本部」が設置されましたが、その趣旨と役割、帰島に向けての屋久島町の準備について説明を受けました。

◆町長は、
「新岳は鎮静化している。10月21日の噴火災害予知連絡会の会合や気象庁の決定を受けて、皆さんが正月は故郷で迎えてもらえるように目指します」と挨拶されました。

◆主な質問と回答
<質問>
湯向、寝待への電線や地下通信ケーブルが破損しているが。<回答>把握している。対処する。
<質問>
農産物が育たない状況がある。農業面での支援が必要。<回答>農水課と県、国と連携して対応する。
<質問>
田代‐湯向間の退避壕がない。<回答>対処する。
<質問>
町は「12月までに避難指示解除を行う」との方針だが、解除後は、被災者への法的な保護はあるのか。<回答>避難指示が解除されると、それ以降は災害救助法の対象とはならない。<気がかり>その意味するところは、非常に重要です。えらぶ島民は、被災者ではなくなり、法の保護を受けられなくなります。法の保護なくて、大丈夫なのか心配になります。しかも一部は立ち入り制限が続き、家に入れない状態がつづくのにです。
<質問>
災害救助法が適用されなくなった場合、被災島民は法律で守られるのか、財源があるのか。<回答>代替え策(一部の延長、ハード面は続行、生活支援は延長など)を検討する。<気がかり>具体的な説明はありませんでした。気になった点は町の説明の中で、「島民の努力も必要」との町からの発言があったことです。努力したくてもできない、弱い立場の島民への対応はどうするのでしょうか。
<質問>
被災者生活再建支援法が適用されないとのことだが、それを補う県などの条例が必要でないか。<回答>必要なら検討する。

◆えらぶ島民にとって重要と思われる点です。
1)避難指示が解除されても、
前田地区と寝待地区へは立ち入れないようです。家に帰れない世帯が、前田で7世帯(他に、大学借り上げ住宅が2戸)、寝待に2世帯となります。町は「島内で臨時的に住宅の確保が必要になる」・・・・とのことですが、具体的な対策についての説明はありませんでした。

2)活動火山特別措置法を活用してヘリポートを作ることが分かりました。屋久島町は、他には特別措置法を活用する予定はないことが分かりました。

3)番屋が峯の避難施設の完成を急ぐなど、インフラ整備がこれから2か月で行われることが分かりました。

4)帰島のスケジュールは具体的には示されませんでした。「正月は島で過ごしてもらう」と町長は云われましたが、2か月で、インフラ整備が間に合うのでしょうか。

5)避難指示が解除されても、すぐさま帰島できない人への配慮はあるのでしょうか。

6)高齢者や弱者には?
独居世帯や病弱な人、資金のない人、帰島後の働き場所のない人など、弱者に対する対策の説明はありませんでした。

◆今後の課題
1)世帯別に
帰島にあたっての希望調査が必要ではないでしょうか。

2)島民の、
健康状態を町は把握しているのでしょうか。

3)帰島後の
再噴火の備えは?
住民説明会では、「住民・来島者への安全を確保する」とありましたが、避難のための計画や説明書(たとえば「安全のしおり」など)は、今回は示されませんでした。
夜間の噴火に対して、島民がどう対処すれば良いのかも心配なところです。また、シェルターの新設、補強なども必要です。急いで用意していただきたいものです。
これからは、島内で避難生活を送ることも選択肢の一つです。

これらは、町として急ぎ検討してもらい、帰島が具体的になった段階で、説明してもらいたい点です。


 えらぶ被災者ニュース(28 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年10月9日
 
日帰り帰島しました


9月24日の日帰り帰島は3回目です。今回は、9月24日と26日の2グループに分かれた第一陣の帰島でした。天候にも恵まれ、わずかですが作業がはかどりました。カタツムリの歩みのようですが、少しずつ家の整備が進んでいます。しかし、独居老人などの世帯では、家の片づけや掃除がままならないケースもあり、付き添いの役場職員や警察官のみなさんにお手伝いいただき助かりました。次回には工夫の余地があるようです。
幸いにも、台風15号の家屋への被害は軽微ようでした。お隣の三島村・黒島の被害を思うと、申し訳ない思いです。
噴火した新岳からは、相変わらず白い噴煙が上がっていました。少し勢いが衰えたように見えるのですが、気のせいでしょうか。「緑の火山島」と呼ばれた面影はなく、荒々しい活火山の島に変わっていました。
第2陣も、9月26日に日帰り帰島ができました。停電している集落では、家の掃除もままならない状態だったようです。まだまだ困難が続きます。

災害復興対策本部が発足、島民が帰島で意見交換


屋久島町は9月25日に、「口永良部島・噴火災害復興対策本部」を設置しました。町発行の住民説明用の資料には、「火山活動が安定し帰島が可能となった際に、必要な対策や、応急の復旧、復興計画や事業の検討と実施に取り組む」ために設置したとあります。

町の復興対策本部の発足と、帰島が近いと云う状況の中、島民集会が開かれました。町の帰島説明会が行われる前に、自らで帰島に関する課題について意見交換しようとするものでした。
さまざまな意見、町や県に対する要望がありました。取りまとめて、町に要望することになりました。特に印象的だったのは、「復興対策本部に、島民の声を反映したい」と云う要望で、民宿や漁師、事業者などの代表の参加できるよう求めるというものでした。屋久島町の方針や対策を、島民に理解してもらうには、説明する機会が多ければ多いほど良いのでは?

三宅島に学ぶ


三宅島の帰島・復興に学ぶも点はどこにあるのでしょうか。

表 三宅島の帰島まで

年 月

取られた対策

担当

平成12年9月

離島全島避難

 

8月

東京都災害対策本部

9月

三宅島火山活動検討委員会

東京都

9月

都議会議長 国に意見書
災害救助法の適用期間延長と給付基準の拡大
活動火山対策特別措置法による避難施設緊急整備地域の指定と法の弾力的運用

都議会

平成12年 6月

現地災害対策本部(東京都)

東京都

平成13年10月

東京都「三宅村生活支援」連絡会議

平成14年 7月

活動火山対策特別措置法による避難施設緊急整備地域の指定

平成14年 9月

三宅島火山ガスに関する検討会

平成15年

活動火山対策避難施設302名

平成15年10月

三宅島帰島プログラム準備検討会

東京都

平成16年 3月

村営住宅入居希望調査

三宅村

     3月

被災者生活再建支援法の改正

平成16年度

東京都 村営住宅建設

東京都

平成16年3月

三宅島帰島プログラム準備検討会最終報告

4月

東京都・都議会三宅島使節団 

7月

東京都三宅島帰島支援対策本部

7月

東京都三宅島帰島支援現地対策本部

7月

三宅村帰島対策本部

三宅村

7月

三宅村・村長の帰島表明

9月

「三宅村帰島計画」と「帰島・生活再建の手引き」を公表、住民説明会

11月

商店・民宿・金融機関など段階的帰島

 

12月施行

東京都三宅島災害被災者帰島生活再建支援条例 

東京都

平成17年 2月

帰島

東京都

参考にした資料
平成12年「三宅島噴火災害誌」 平成19年(2007年) 東京都
平成12年「三宅島噴火災害の記録」 2008年 三宅村
「三宅島帰島プログラム準備検討会 報告書」 平成16年3月

◆三宅村の帰島まで
三宅村の帰島までを調べると、東京都の果たした役割が大きかったことが分かります(表)。
東京都は、帰島準備のために「三宅島帰島プログラム準備検討会」をつくり報告書を出しました。帰島の一年も前のことです。その報告書をもとに、三宅村は「三宅村帰島計画」をつくりました。同時に、「帰島・生活再開の手引き」を発行しています。帰島開始6か月前のことです。さらに、帰島一か月前には、「三宅村防災のしおり」を発行し、帰島する島民の安全を確保しようとしました。

◆鹿児島県にお願いしたいことは、生活再建の支援
(1)被災者生活再建支援法の適用
10戸以上の全壊家屋がなければ、支援法を適用してもらえません。口永良部島では、直接の被害がないが、火砕流で帰れない状況があるのに、法の支援が受けられない矛盾があります。県の力で「10戸条件」をなくしてもらいたい。

(2)条例の制定
支援法の適用が出来なくとも、例えば東京都のように、「災害被災者帰島生活再建支援条例」を作って欲しい。東京都は、被災者生活再建支援法の対象外の世帯に、国制度の2分の1の支援金を支給することを決めています。

(3)帰島プログラムの検討と屋久島町への支援
三宅島の帰島では、東京都は「帰島プログラム準備検討委員会」を作りました。帰島に必要な方策や課題を取りまとめ報告しました。三宅村は、東京都の報告書に基づいて帰島計画を立てたのです。鹿児島県も、町の帰島・復興対策への支援をお願いしたい。

(4)「活動火山対策特別措置法」の口永良部島への適用
口永良部島の火山災害を防ぐためには、火山砂防や治山事業、シェルター、宿泊可能な避難施設が必要となります。そのための膨大な資金は国にお願いしなければなりません。
それを可能とする法律に「活動火山対策特別措置法」があります。法を口永良部島に適用してもらうためには、鹿児島県が「整備計画」を作る必要があります。その上で、避難施設緊急整備地域の指定を受けなければなりません。三宅島では、「伊豆避難施設」(正式には、活動火山対策避難施設、302名定員)が特別措置法により国の予算で建設されました。

◆屋久島町にお願いしたいこと
上記のような、法の整備や活用を、県へ要請、陳情してもらいたい。同時に、三宅村が、島民の帰島に先立って実施した、被害調査、島民の要望調査、健康調査、安全対策(「防災のしおり)の発行など)をお願いしたい。



 えらぶ被災者ニュース(27 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年9月22日
おかげさまで、仮設住宅の暮らしは平穏そのもの!!


8月1日に、1次避難所から仮設住宅に移り住んでそろそろ2か月。おかげさまで平穏な暮らしです。

◆この間、
敷地内での転倒が3件(大事にいたっておりません。件数は話題に上がった件のみ、もう少し多いかもしれません)、交通事故1件(物損のみ)、猫にかまれて入院した人が一人(さいわいにも無事退院されました)。
1次避難所では、風邪ひきが長引いたり、体調不良で入院される方がおられたりしましたが、今は皆さんの健康状態は安定しています。

◆約半分の住民は、
65歳以上の高齢者で、多くは車も使っておらず買い物、病院通いなど、ちょっとした用足しに不自由されています。今のところ、ご近所が気をつけあっています。町には、玄関前の階段に手すりを付けていただきました。足元が覚束ない方が多いので、大助かりです。9月20日にはえらぶ敬老の会も開かれました。

◆相変わらず屋久島の皆さんにはお気遣いいただいております。
9月13日には、
町長のご親戚を通じて、ブドウ(兵庫県福知山市)をいただきました。
9月15日には、
宮之浦の家を整理される方から、食器や衣類、本や家具などを、無償で提供していただきました。
みなさま、お気遣いに感謝しております。

◆素人ながら「えらぶ魚釣りの達人」ユキナさんが魚を配ってくれました。2回目(9月7日)です。エラも内臓も取ってくれていて、まこと大助かりでした。感謝します。

勉強会をしました!!


◆9月11日 鹿児島県議会 議員 松崎真琴さん
午後、仮設住民を訪問され相談や要請を聞き取られました。また、被災者が支援を受けるにあったって、どのような法律があるのかの助言をしていただきました。

◆9月13日 日高一富さん(仮設住民です)
演題は 「えらぶ火山の現状と歴史」
気象庁発表のデータを分かりやすくグラフにされ、火山の現状を説明されました。えらぶ火山噴火の歴史も調べられ、今では帰島が可能なことを指摘されました。これを受けて参加者で避難方法も相談しました。
なお、これらデータや避難方法は、日高さんが気象庁に出向かれて、確認された上で報告されたものです。

今回の勉強会は、住民が自主的に開いた[火山勉強会」であり画期的なことです。日高さんには、これからも、資料をあつめて勉強してもらい、私たち被災者に教えてもらいたいものです。

◆9月13日 鹿児島大学 岩船昌起先生
演題は「アンケートで分かった避難生活ー注意点と東日本大震災の事例ー」

岩船先生は、東日本大震災被災地の岩手県宮古市や与論島などでの被災者の健康や生活環境にかかわる研究を行っておられます。今回は、宮古市の仮設住宅での生活を紹介し、えらぶ仮設住宅での我々の生活との比較を行った上で、えらぶ避難者に健康面でどんな点に注意すべきか助言されました。
また、えらぶ避難者から取られたアンケート調査の中間報告をされました。印象的であったのは、他の仮設住宅に比べて、えらぶ仮設住宅はずいぶんと恵まれていることがわかりました。また、被災者にとって、頼りになる人が、えらぶと屋久島が同じように多かったこと、屋久島での友人が多いとの集計結果であり、なんともうれしくなりました。

◆9月18日 大妻女子大学 干川(ほしかわ)剛史先生
演題「島民が、いま考えておくことー三宅島の教訓ー」

干川先生からは、町や県との意思疎通・意見交換の重要性、情報共有の必要が強調されました。それを踏まえて、下記のような重要なご指摘・助言がありました。

三宅島の場合には、  重要!!
◆島民連絡会
三宅島の場合には、三宅村と島民の「連絡会」が定期的に開催されていました。
ポータルサイト注<これは、えらぶ島民も見習う点ではないでしょうか>

◆「三宅島帰島プログラム準備検討会」
三宅村では、「三宅島帰島プログラム準備検討会」を2003年10月(帰島の1年4か月前に立ち上げました。(2000年9月に全島避難、2005年2月に帰島が始まった)
変更<この点は、屋久島町も「帰島準備委員会」を発足させるということが分かりました。ひと安心です>

◆帰島説明会
帰島10か月前の2004年4月には、三宅村は帰島の考え方やスケジュールを、住民に説明しています。
注<これも、屋久島町に求めたい点です>

◆帰島後のこと
帰島後の支援活動に「三宅島ふるさとえ再生ネットワーク」があります。三宅島島民と、帰島できなかった約3分の1の島民のために支援活動が今も続けられています。
注<えらぶ被災者も、自助や町を頼るだけでなく、外部の経験者・専門家の助言・支援を積極的に求めてはどうでしょうか>

干川剛史先生がお持ちいただいた三宅島の資料は、えらぶ仮設住宅にそろえております。また、同じもののCD版(これは、長嶋俊介先生から提供)も仮設住宅に置いております。ご活用ください。

要望書 その後

9月3日に町長や、町議会、県知事や県議会、気象庁、火山予知連絡会、防災担当大臣などに提出した要望書と陳情書のその後です。
町長などからは、いまだ回答がありません。しかし、下記の反応がありました。

◆鹿児島県 議会事務局
9月10日には、議会への陳情書が受理されました。10月の議会・防災委員会で審議され、初旬には採択されるか否かの結論が出るとのことです。自治会住民の声は、確かに県議会に届いており、議論していただけるようです。

◆予知連・幹部の考え方   
重要!!
予知連幹部のメール発言です。
先日18日に講演していただいた干川剛史教授への、予知連幹部からの私信メールを紹介します。(9月21日付の私信メール、ポータルサイトにもCc:で着信しております)

「島嶼の避難については難しい点がありますが、今後も火山活動の活発化が考えられるとしたらレベルを下げるということは難しいかもしれません。しかし、噴火警戒レベル5であっても想定噴火に対して島内で安全な場所がある場合は、島外避難である必要はないと思います。ただし、その場合は防災協議会で島内の警戒区域の設定を行う必要があるでしょう。伊豆大島などでは今そのような可能性も考えようとしています。

<注>予知連幹部の発言から、自治会の要請が的確であったことがわかります。鹿児島県知事や屋久島町長には、このような観点から帰島手順を考えてもらいたいものです。

 



 えらぶ被災者ニュース(26 号)  発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年9月3日
仮設自治会で要望書


かねて仮設自治会で話し合ってきた「警戒レベルと多目的避難所」について、要望書にまとめて、屋久島町長や県、国、噴火予知連、気象庁に提出しました。

要望書


戒レベル4設定と避難宿泊施設にかかわる要望書

屋久島町町長 荒木 耕治 殿

          201593日  屋久島町宮之浦2470-3
              口永良部島被災住宅団地自治会 会長 山口 英昌

口永良部島の火山噴火にともなう、関係者のみなさまのご尽力に心よりお礼申し上げます。噴火から3か月仮設住宅に転居して1か月余り、ようやく落ち着いた日々を過ごせるようになりました。これも、屋久島町や町民の方々、鹿児島県はじめ全国のみなさまのご支援のたまものと深く感謝申し上げます。
被災した口永良部島島民にとって、一日も早い帰島はもっとも切実な願いです。そのためにも下記の要望を急ぎ検討していただきたく、お願い申し上げます。

警戒レベル4設定と避難宿泊施設にかかわる要望の件

趣旨
現在、わたしたち被災者や関係機関の作業者は日帰り帰島を繰り返しながら、ライフラインの整備や家屋の保全を図っております。これら作業を効率的に行うためには、島民や作業者が短期間でも島に滞在しながら活動することが必要です。
このような滞在型入島を実現するためには、科学的証拠に基づいて安全な地域を探索し、警戒レベル4の地域を設定することが欠かせません。島内に警戒レベル4の地域が実現すれば、そこに避難所を兼ねた宿舎を用意することができ、宿泊しながら、現在と同じように、道路、公共施設などライフラインや家屋の保全作業をすることが容易になります。
当面、警戒レベル3への変更は困難なものがあると認識しております。しかし、現状の警戒レベル5の一部地域を、条件が整えば警戒レベル4とすることは、安全を考えた上でも科学的に可能ではないでしょうか。

      記

(1)条件が整えば、口永良部島に設定されている警戒レベル5の地域の一部を、警戒レベル4に変更してください。
(2)警戒レベル4の地域に、宿泊施設を備えた避難施設を新設してください。
(3)避難施設は、関係機関の作業者がライフラインを整備するための宿泊施設としてください(もし、既設の民宿が警戒レベル4の区域内にあれば、共同運用して宿泊施設とする活用策もあります)。
(4)避難施設は、島民の一部が短期間滞在して、家屋の保全・修理を行えるよう活用してください。
(5)避難施設は、警戒レベルがレベル3となり、全島民が帰島できる目途がついた際にも、さらにライフラインを整備するための作業員の宿泊施設として使用できるようにしてください。
(6)避難施設は、全島民が帰島できた際には、噴火や台風、津波などの災害時の避難施設として使用してください。
(7)避難施設は、上記の目的以外にも使用できるよう恒久的な多目的避難宿泊施設として位置づけるようにしてください。



 えらぶ被災者ニュース(25 号)  発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年8月26日
 
ビッグニュースです!!


2015年8月24日、ユネスコ国内委員会は、口永良部島をユネスコ・エコパークとしてユネスコ国際委員会に推薦することを決めました。
すでにユネスコ・エコパークとして登録されている屋久島に、口永良部島を加えて「屋久島・口永良部島エコパーク」として拡張申請したものです。
本ポータルサイトを管理運営する「えらぶ年寄り組」は、口永良部島で自然保護に取り組んできました。数年来の夢<ユネスコ・エコパーク>が、現実となりそうです。一日も早く口永良部島に帰島し、本来の自然保護活動を再開したいものです。


島に新設される避難所を、学童・生徒の火山学習センターに!!


口永良部島がユネスコ・エコパークに認められそうです。エコパークにふさわしい提案があります。
◆新設の避難所を多目的宿舎に
帰島のためには、避難所の新設が必要です。今は避難所がありません。また、帰島準備のためには、作業宿舎が必要ですし、復興工事に来島される人々の宿舎は民宿だけでは不足でしょう。島民には、帰島後の避難施設が必要です。新設の避難所を多目的に使えばどうでしょう。
◆避難所を学習の場に
その多目的宿舎の主目的は、もちろん避難施設としての使用です。ところが、普段は使われないはずです。その施設を有効活用するために、島の自然や火山活動を学ぶ施設として活用すればどうでしょうか。たとえば、修学旅行の学童・生徒の受け入れのためです。
◆雲仙普賢岳
このアイディアは、実は借り物です。雲仙普賢岳の火山災害で、復興計画の中に、「火山学習の修学旅行生を受け入れる」と云うプランが復興計画の一つとして取り上げられていたのです(これが書かれていた報告書は、島原市の元市会議員さんに送っていただいたものです)。
◆雇用につながる
口永良部島の復興のためには、仕事を作り出すことが欠かせません。学童・生徒など来島者の増加は、島の働き場所を作り出すことにもつながります。
◆エコパークの理念にかなう
なりよりも、屋久島・口永良部島エコパークの理念にも叶う復興計画とはなりませんか?
そのためにも、多目的な使い方の出来る避難施設が必要なのです。どうでしょうか?

<注>学童・生徒が泊まるのはテントにして、多目的施設(避難所)は、調理場や食堂、大雨の場合の避難宿舎として、活用するのも良いかもしれません。
もともとの、「えらぶ年寄り組」のプランはこちらに

http://kuchinoerabu-jima.org/senior/profile.html

 



 えらぶ被災者ニュース(24 号)  発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年8月25日
 
一時帰島が、ひと段落しましたが

えらぶ被災者が待ち望んでいた一時帰島が、8月15,17,19日に行われました。みんなホッとしているだろうとお思いでしょうが、現状はそうではありません。
久々に足を踏み入れた我が家の惨状に、呆然とし、帰島が許されたとしても、すぐには住めない、住むことができないかもしれない、家を元のようにすることができるのだろうか・・・・帰りの船の中では、あちこちで嘆きの声が聞こえてきました。島に向かう時には、あんなにソワソワして楽しみにしていたのに。
タタミがカビで真っ白だった家、キノコまで生えていた家、雨漏りで天井が落ちた家、停電したために冷蔵庫の卵が爆発して食品が散乱・腐敗してウジわき、土足で上がったカーペットの足元でプチプチと音がした・・・・との報告もありました。
3か月でこの惨状ですから、この先が思いやられます。台風15号の影響も心配です。

8月24日、気象庁の説明会がありました

急だったのですが、仮設住宅の談話室で11時から、気象庁による台風情報と火山情報の説明会が行われました。
火山情報では、地震回数が減っていること、火山性ガスの噴気量が減ったこと、火映現象が見られないことなど、これまでより明るいニュースを聞くことができました。
しかし、今後の帰島見通しについては、はっきりとした説明はありませんでした。測定器の不足により十分な情報が得られないから・・・・と云う事のようですが、何時になれば十分な情報が得られるようになるのかについてもはっきりした回答はありませんでした。
参加者は約40名、談話室は超満員。これ以上の人数は無理です。

具体的な提案ですが、
まず、レベル4の区域を設定して、島に短期滞在できる施設を作ってもらい、そこを基地に何人かが交代に常駐して、排水路や道路の保全、家の清掃や保全をする・・・・のは不可能なのでしょうか?

仮設住宅での台風対策

仮設住宅自治会では、急きょ8月24日に、台風15号に備えるための準備をしました。町にお願いして、台風用雨戸のはめ込み方が分からなかったので、町にお願いして講習会をしていただきました。今回は初めての経験だったので、町の職員の皆さんに手伝ってもらいながら、すべての住宅に雨戸をはめ込みました。雨戸の使用の要領がわかりました。
外観は、白い鎧をまとった様で、台風の備えは完璧です
また、避難の必要がある場合の避難施設は、宮之浦中央公民案であることが分かりました。仮設住宅の皆さん、今後はそのつもりで。

ボランティア ニュース


◆9月1日 体力測定(鹿児島大学)
8月30日 体操教室
いずれも、10時~12時に、会場は「縄文の苑」です。

◆8月30日
口永良部島応援コンサート「フォルクローレの夕べ」
夜7時から、仮設住宅の談話室



  えらぶ被災者ニュース(23 号)  発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年8月13日
   
母牛が死亡

昨日8月11日は、役場建設課、九電や消防団のみなさんが、道路復旧の作業に一時入島してくれました。
湯向では、牧場オーナも帰島したのですが、母牛1頭が死亡していたとのこと。水際の3mの崖から転落したようです。手入れができなくなったために水飲み場に水が来なくなり、牛が水を求めて谷に降りたためです。オーナーが水が水が・・・・と心配されていたことが現実となりました。もっと早く、もっと機敏に入島できれば防げたのにと、悔しい思いです。
道路は復旧し、島民の一時帰島の道が開けました。

ボランティアご厚意の受け方を考える

えらぶ島民のお婆ちゃんから、「行事への参加者が少なかった。せっかく遠方から来ていただいているのに、申し訳ないよ」と、ご指摘を受けました。
参加者を増やすためには、お知らせの仕方や、会場までのお年寄りの送迎など工夫が必要です。
ボランティアの皆様への気遣いを含め、私たちもボランティアの皆さんのご厚意の受け方を考え直したいと思いました。

仮設住宅の住民は


8月1日に入居して2週間。ようやく、仮設にも慣れてリラックスした生活が送れるようになりました。
みなさま、ご休心ください。


仮設・談話室は


◆一時帰島の際は宿泊可能
無料で宿泊できますが、条件があります。
1)被災島民であること。
2)宿泊目的が、一時帰島のためであること。
3)宿泊するためには、世話人(被災者)が必要なこと。
4)世話人が、夜具の乾燥や洗濯、清掃を引き受けること。
夜具を持ち込んだり、自前のシーツ(掛け布団、敷布団用)と枕カバーが必要です。

◆仮設・談話室が公民館に?
談話室がえらぶ本村公民館と湯向公民館の事務所になりそうです(それぞれの区や仮設自治会の役員会でこれから相談します)。
両区の会議や、被災者を対象とした催しなどに使われるだろうし、賑やかになりそうです。

◆暑いときは、
湯向と本村区の区長が、延べ4日間も談話室の一角に陣取られます。その際は、大部屋もクーラーがきくはずですから、仮設の住民だけでなく、島内のえらぶ被災の皆さんも、暑さしのぎとお茶の時間に利用してください。

ポータルサイトの「つぶやき」  ーマスコミと情報開示ー   


◆マスコミ誤報と仮設校舎の建設
7月17日の南日本新聞で、えらぶ仮設校舎問題が、初めて報道されました。スクープだったようです。
7月28日
には「えらぶ住民の要望があって仮設校舎を建てる」と南日本新聞で報道されことで、屋久島町やえらぶ島民の多くから、疑問の声が出るようになりました。
28日の報道がキッカケとなって「えらぶの生徒だけで教育を受けるのはプラスよりマイナスが多いのでは?えらぶ島民は、これだけ優遇されているのに、5460万もの高額予算をえらぶ島民は要求するのか?えらぶ島民が要求すれば町はなんでも聞くのか?仮設校舎が本当に必要なのか?」・・・・など、屋久島の皆さんの声が届いています。

◆住民説明会
8月10日の仮設校舎の住民説明会は、えらぶ島民が教育長に頼んで開いたものです。主催は、えらぶ島民だったのです。おかしいとは思いませんか?

説明会で、教育長は「仮設校舎の建設は、教育長が発案して県・国の指導を受けて進めた。えらぶ島民の要求ではない」と明言されました。

◆誤報だった?
教育長の説明が事実であれば、「えらぶ島民の要望があって」と云う南日本新聞社の報道は誤報となります。


◆報道規制はマイナス
教育長が、そのつど正しい情報をマスコミに知らせなかったことが今日の混乱の原因となっています。7月17日の南日本新聞のスクープがあり、教育長は、マスコミに情報を漏らさないように計画を進めたようです。
それが仇となり、「誤報?」をまねいたのではないでしょうか?

公的な情報の出し渋り
私たち、えらぶ島民はマスコミとの正しいお付き合いを考え直してはどうでしょうか。個人的に取材を受ける人は多いのですが、住民説明会のような公的な情報を出し渋っていませんか。
いたずらに、マスコミを避けていると、私たち島民の気持ちや考えが、世の中の皆さんに伝わらなくなるのではと心配になります。

◆激しいマスコミ取材のトラウマ
噴火で避難した、えらぶ島民へのしつこいマスコミ取材は、私たちにはストレスでした。えらぶ島民がマスコミを避けたくなる気持ちは理解できます。
しかし、冷静に考えると、
公的には、正しい情報をマスコミに提供する方が、世の中の皆さまに、えらぶを理解してもらえ、長い目で見てプラスになるのではないでしょうか。

◆ツブヤキ
「誤報?」がキッカケで明るみに出た「仮設校舎の建設」とからめての「マスコミ」にかかわるツブヤキでした。

◆注
仮設校舎の建設費は5460万円で、2割が屋久島町の負担です。
8月13日付の南日本新聞によると、総予算約7700万円とあります。これは、一体どうしたことでしょうか?
仮設校舎はリースで、契約期間は2年間です(仮設住宅も同じです)。今年度予算が5460万円で、来年3月末までの費用。来年4月から翌年9月までの1年半のリース料を加えると、総計が7700万円になると云うことです。
私たち、えらぶ島民も費用について、もっと敏感にならないと、屋久島の皆さんのご理解は得られないのではと心配です。



えらぶ被災者ニュース(22 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年8月11日
仮設校舎の説明会

8月10日教育長による「仮設校舎建設にかかわる説明会」についての報告です。
(以下は口永良部島ポータルサイトの「まとめ」です)

説明会は、口永良部島の本村区の区長が主催し、教育委員会に申し入れで実現したものです。
説明会の開催を知らせる通知によると、「仮設校舎については、島民もその内容(なぜ仮設校舎が必要なのか)がわからない、との意見が多く、教育委員会からの説明が必要である、との役員会での結論でした」と、説明会の開催趣旨が説明されていました。
教育長の説明に先立ち、資料として下記の「口永良部島児童生徒専用プレハブ校舎建設案について」が参加者に配布されました。資料の項目に逐次答える形で教育長が説明をされました。

教育長の説明内容の要旨です。
冒頭、教育長から口永良部島民と屋久島町民に説明が遅れたことの謝罪がありました。
「仮設校舎の建設は、口永良部島民やPTAの要求があったから計画したのではない。教育長の提案であり、県や国の指導を受けたものである。説明が遅くなったのは、きちっとした建設案ができてから説明したかった」との説明でした。

なぜ必要だったかについては、「宮之浦小学校・中央中学校と金岳小中学校それぞれの教育方針があり、それを実現するためにスペースが必要。空いているような教室も、使用しており、やりくりが困難。スペース的に教育に支障をきたしている。43名クラスが1つあり解消したい(口永良部島から4名増加)。管理上、校長室が必要である。」などと説明された。

口永良部島民からは、PTA会長が「お詫びしなければならない。翻弄されていた」と、事態が急転した節目節目に対処が十分でなかった・・・・とする趣旨の謝罪があった。
他の参加者からは、「必要な部分だけの増築で良いのではないか」との質問もあったが、教育長からは仮設校舎が望ましいとの回答であった。また、「現在、金岳小中学校の児童生徒の教育で問題はないのでは、仮設校舎で独立する方がマイナスでは」との指摘もあったが、「現在すでに、地元学童と統合して(混じりあうように)教育しており、仮設校舎の新設はむしろプラスになる」と回答された。

会場にマスコミを入れ、取材を許そうとの提案がありましたが、反対が賛成を上回り、会場での取材不可となりました。しかし、「仮設校舎」の件で個人的に取材を受けることは了承されました。

なお、教育長からは、今後、宮之浦PTA、および町内向けの説明会(8月20日)を予定し、島民には9月の町報で説明することが表明されました。

以上は、口永良部島ポータルサイトの責任でまとめました。ポータルサイトに掲載する目的は、屋久島島民の皆さまに、少しでも、私たち島民の仮設校舎についての意見分布の実情を知っていただくためです。
録音記録もなく、不正確な部分もあろうかと存じますが、文意は正確になるよう努力しましたので、ご容赦ください。

配布された資料
「口永良部島児童生徒専用プレハブ校舎建設案について」

8月9日(日)開催役員会で出た意見の要約です。

1.まず遺憾に思うことは、私たち口永良部島民そして屋久島町町民に周知されなかったことです。
2.口永良部島民はプレハブ校舎建設に反対意見が多い。
3.口永良部島民はプレハブ校舎建設にかかる多大の費用を金岳小中学校新校舎に使って欲しい。
4.屋久島町町民の多くの方々はプレハブ校舎建設に疑問を持っている。これは実に多い。
5.金岳小中PTA会員は当初、プレハブ校舎建設をよく理解できずにいたが、現在疑問を持つ人も多い。
6.口永良部島民としては現在の宮小・中央中の校舎を点検し費用をかけず現状維持を望む。
7. 私たち口永良部島民、そして金岳小中学校会員はプレハブ校舎建設案により現在名誉を失ってなっています。校舎建設は決して私たちから望んだことではありません。
8. もし最悪建設が避けられないなら、宮小、中央中の校舎を点検し費用をかけず全体で使って欲しい。決して、金岳小中だけのものではないことを望みます。

口永良部島 本村区・湯向区 役員一同
金岳小中学校 父兄一同
仮設住宅自治会 役員一同

*私たち口永良部島全島民は、口永良部島件岳小中学校で島の児童生徒が勉学に励みスポーツに親しむ姿を、早く見たいとひたすら願っています。



えらぶ避難所ニュース(21 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年7月29日
 
仮設住宅へ引っ越しました

避難所の被災者が、待ちに待った仮設住宅の入居が8月1日に決まりました。
26日に仮設住宅の見学会と説明会があり、引き続いて戸割を話し合いました。
ペットと喫煙の取り決めの後、1DK、2DK、3Kと住宅の種類別に話し合いが行われました。一部で抽選が行われたものの、結果として、さしたる混乱もなく決めることができました。

29日の午前中には家電製品などが運び込まれました。29日午後にはカギが手渡され、荷物の運び込みを始めました。
8月1日から入居できるとのことです。

「えらぶ避難所ニュース」を改名します

 えらぶ避難所ニュース --> えらぶ被災者ニュース

2か月間お世話になった縄文の苑、いこいの家に別れを告げて仮設住宅に移ります。このニュースは改名して、発行を続けます。





えらぶ避難所ニュース(20 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年7月27日
 
仮設住宅入居が目前に

避難所の被災者が、待ちに待った仮設住宅の入居が8月1日に決まりました。
26日に仮設住宅の見学会と説明会があり、引き続いて入居住宅を決める話し合いが行われました。
ペットと喫煙の取り決めの後、1DK、2DK、3Kと住宅の種類別に話し合いが行われました。一部で抽選が行われたものの、結果として、さしたる混乱もなく決めることができました。

29日の午前中には家電製品などが運び込まれるようです。午後にはカギが手渡され、荷物の運び込みが出来るとのことです。

仮設自治会も発足します

7月26日の説明会の後、会長、副会長、会計を決め、棟ごとに班長を決めました。7月18日に開いた仮設自治会・準備会の話し合いの結果を受けてのことです。
設立の目的は、仮設住宅に暮らすことになるわれわれ被災者の親睦と、これから起こるであろうさまざまな問題に取り組むためです。
東日本大震災の場合、88.9%の仮設住宅で自治会ができたようです(平成24年3月、厚生労働省発表)

仮設・談話室は、えらぶ被災者の絆の要

仮設住宅には、談話室を作っていただきました。
談話室は、仮設住民が利用するだけではありません。口永良部島の被災者すべてが集うことができる大切な場になりそうです。
本村区長も仮設に入居されるので、本村区と湯向区の合同役員会も談話室で開かれる予定です。お見舞いの方々も来られることでしょう。にぎやかな談話室になりそうです。

畳を敷いてもらったり、印刷機やコピー機、パソコンなどの事務所的な機能を整えてもらったり、町と相談しなければならないでしょう。

えらぶ応援のバイオリン演奏会

口永良部島の被災者と、被災者を支援する屋久島町の皆さんを応援するバイオリン演奏会と講演会が開かれます。



ご案内のビラはこちら

 



えらぶ避難所ニュース(19 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年7月24日
 
口永良部島 本村区の「復興支援金」にご寄付いただける場合は

全国の皆さまから、「口永良部島・本村区復興のために使ってほしい」と、寄付のお申し出が数多く寄せられています。
そこで振り込みのために、本村区では農協に口座を開きました。

金融機関名: 種子屋久農業協同組合 上屋久支所
口座名義:  本村区支援金 本村区区長 林 信昭
 (ホンムラクシエンキン ホンムラクチョウ ハヤシノブアキ)
口座(普通)番号: 0025451

頂いた寄付金は口永良部島全体の復興のために使います。「えらぶ復興基金(案)」とでも云えばよいのでしょうか。

<ご注意>申し訳ありませんが、ご寄付は税金控除の対象になりません。
連絡先:貴舩 森 090-9589-6498。


一時帰島参加者からの聞き取り

7月24日の午前中に実施された一時帰島の参加者からは、
本村区だけでも、大雨による土砂崩れが各所で見られたこと、発電所への道も車が通れなかったこと、湯向では、防潮堤のため、内側に水がたまり池の状態にあり、浸水家屋も見られたことなどの惨状が報告された。

災害調査特別委員会

第2回の「口永良部島新岳噴火に伴う災害調査特別委員会」 が7月24日の2時から開かれました。
今回は委員会と、口永良部島の2つの区役員との意見交換が目的でした。
島からは、区役員の他に、女性代表と仮設住宅自治会の準備会世話役など12名が参加しました。

主な発言を紹介します(詳しくは次号で)。

複数の役員から、
この2か月間で、家屋の荒廃、排水路の詰まりによる校舎や家屋への浸水、今回の大雨による土砂崩れなど惨状は、島に要員が滞在していたり、島民が住んでいれば起こらないし、防げたとの意見が出された。
そのためにも、一時帰島が必要なこと、もっと容易に一時帰島するために、ヘリコプターの見張りは不要なこと、
さらには、
島を守る要員が常駐できるようにすること、番屋が峯の避難所に泊まり込んで消防団員など保安要員が作業する案がだされた。

本村区・事業部長からは、
「復興対策(案)」について説明があった。
帰島前後を3つの段階に分け、
①復興計画を立て、実行に移せる体制をとる。
②生活環境を復元する復興事業を行う。
③将来的な開発を考えた開発事業を行う。
とする計画案が説明された。

副区長からは、
先回の区役員会議で披露された文書が紹介された。
島の復興、生活再建を進めるためには、早期の帰島が必要なこと。レベル5の設定見直しと自己責任を基礎にした対策をとることで早期の帰島が可能なことが力説された(内容については、役員会便りに掲載されています)。

仮設自治会準備会の世話人からは、
同じレベル5でも、距離を考えてのレベル設定を気象庁に要望したいこと、その範囲外では、立ち入りが自由になり、牧場の管理が可能になること、島の道路や家屋を維持管理する要員が寝泊りする拠点ができることなどの提案があった。

また、
長期の避難になると、
生活困窮者がでるので支援が必要なこと、島民には所得格差があるので、もっとも困った人を基準にした支援対策を取るよう要望があった。また、高齢者には、生活保護を考えて欲しい。通常は条件が厳しいが、今回は事情を配慮した対応をして欲しいとの要望が出された。

対策のための法整備も要望された。
帰島は、どんな形で帰れるのかのシュミレーションが必要なこと、帰島後の復興には、島民が作業員となって復興にかかわることで収入源とするなど、幅広い考え方が必要との意見もあった。

町議員からは、
<議員>自己責任での帰島は、首長の判断が困難では?昼間ならまだしも、夜だったら難しいのでは?<島民>道路には点灯している標識があり可能です。<議員>就労の状況は大丈夫ですか?<議員>シェルターを作ればどうですか?<議員>法の狭間にある不備をなくすようにしなければ。勉強します。<議員>レベル決定に住民代表をと気象庁に要求されていたが返事はあったのですか?<島民>ありません。<議員>子供たちは表面的には良いと思われますが、実際はどうですか?<島民>落ち着いているが不安定になるときがあります。プレハブ小中学校が独立して開校すると報道があったが、情報がありません。



えらぶ避難所ニュース(18 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年7月21日
 
災害復興支援の専門家が来られました

◆鹿児島大学から 7月17日~19日
地域防災教育センターの岩船昌起先生は、
被災者の健康影響を調査されるため、避難所でアンケートを取られました。
また、
他の仮設住宅を訪問された経験を紹介され、今後わたし達が仮設住宅で暮らす上での助言をされました。
25日には、仮設住宅の入居説明会が開かれますが、その折に岩船先生の助言をもとに町にもお願いするつもりです。


◆東京の大妻大学から 7月18日~20日
干川剛史先生は、
阪神・淡路大震災や普賢岳や有珠岳、三宅島などの火山災害、東日本大震災などのボランティア支援や調査活動をされてきました。
三宅島火山災害の解説と支援活動を紹介されました。大妻大学近くの都営住宅に入居した三宅島の被災者のために、ネット上の情報を集めて「アカコッコ-三宅・多摩だより-」を発行し、被災者に届ける活動や、ホームページでの情報掲載を4年4か月続けられたことを報告されました。
さらに、災害復興事業として三宅島の火山灰を利用して魚の干物を生産・販売した「灰干しプロジェクト」が、口永良部島の復興事業としても活用できることを力説されました。

◆減災・復興支援機構 7月19日
木村拓郎理事長や宮下理事らが、三宅島噴火災害における被災住民の活動や役場が行った事業、被災住民の帰島に至るまでを報告されました。
なかでも、雲仙普賢岳、有珠山、三宅島での被災者支援策の比較を説明され、帰島後の生活再建事業の実現には、口永良部島・島民が団結した要請活動と、屋久島町との協力体制による国や鹿児島県への働きかけが重要であることを説かれたたのが印象的でした。


仮設住宅の住民自治会(仮)の立ち上げ準備が進んでいます

1次避難所に入所している島民は、いよいよ8月の初めには仮設住宅に入居します。
仮設住宅での暮らしを守り、互いの懇親をはかるために、自治会を作ろうと準備を始めています。
7月18日(土)には、鹿児島市など島外に暮らす入居予定者と勤務中の島民を除くほぼ全員が、「縄文の苑」に集まって、住宅の決め方を相談し、自治会長や会計係の候補を決めました。


名前を変えて、引き続き発行します

8月からは「えらぶ避難所ニュース」は、「えらぶ仮設住宅ニュース(案)」とでも改題して、発行を続けます。






えらぶ避難所ニュース(17 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年7月12日
 
仮設住宅入居の説明会が開かれます

仮設住宅の入居について、現場説明会と入居説明会が開かれます。
   
現場説明会 7月25日 午前10時から、

       訂正 午前9時

   会場は、 仮設住宅の建設現場 です。
  
引き続いて 入居説明会 午前10時から

   会場は、 離島開発総合センター です。

議会の調査委員会

7月16日(木)14時から
「口永良部島新岳噴火にともなう災害調査委員会」と地区役員との意見交換会が開かれます。
になりました。

一時帰島の報告です

長い間、
島民が望んでいた一時帰島が実現しました。
久々に家にたどり着き涙する人もありました。
懐かしさだけでなく、様々な思いがないまぜになった複雑なものです。

◆変わらぬ我が家に
ホッとした人、荒れ果ては我が家に茫然とした人があります。床上浸水の家、山から引いた流しの水があふれて台所が水浸しになった家、ヤモリとネズミ、猫の糞だらけの家、カビだらけになり、畳が波打っていた家、畑の野菜がシカやヤギに食べられた家、重機で道を整備しないとたどり着けなかった家・・・・・・あまりに厳しい現実に茫然として涙も出なかった人々がいます。

◆わずか40日ばかり留守しただけなのに、
あまりの荒れように茫然自失のわれわれでした。
一時帰島で台風対策もでき安心した一方で、思った以上に厳しい現実に直面し、たとえ帰島できたとしても、生活を再建する大変さを実感した一日でした。

◆家の手入れをしないと
住めなくなる・・・・そのためには再々島に帰らないとなりません。
しかし、今回の一時帰島には、町職員だけでなく県職員、警察、消防、海上保安庁、気象庁、海には巡視船、空にはヘリコプター、海には巡視船の監視があるなど多くの人々、多くの省庁の支援がありました。

◆帰島には
多くの負担がかかっていることがわかりました。
今後の一時帰島は、もう少し予算や負担の少ない方法を考えなくてはならないでしょう。島民も自己責任を負った方法を工夫したいものです。

◆見守り体制を縮小してもらって、
島民の自己責任に任せてもらえないでしか。居住地域をレベル4にして、「避難準備」の状態で一時帰島させてはもらえないだろうか。
「絶対安全」を求めるのではなく、「逃げられる安全」ではどうだろうか。われわれ島民の先達は、そのようにして数千年を生き続けてき来たのですから。

衆議院・議員が見舞い訪問と懇談

7月5日、衆院議員の田村貴昭、真島省三さんと、県議 まつざき真琴さん、町議 渡辺博之さん(いずれも日本共産党)が避難所を見舞い訪問で来所されました。避難所では、居合わせた被災者が、意見や要望を出しましだしました。
話題は、残した牛の心配、漁師さんは漁船を屋久島に運んでも、漁場が異なり漁ができないこと、レベル5でも危険ではない場所があるのではないか、そこを拠点に牛の管理や家の管理ができるのではないか・・・・・などが語られた。7月7日の一時帰島を目前に、長時間の作業、女性が帰島する場合の作業援助も要望があった。

フリーマーケット

「口永良部島と屋久島を元気にする会」が、フリ-マーケットを開きます。

7月29日(水)11時~
場所は、宮之浦フェリー待合所2階です。
18日(土)10時からは、同じ場所で打ち合わせ会を開きます。ご参加ください。

噴火2カ月の節目を迎え、口永良部島の被災者に元気になってもらおうと企画されたものです。
家に眠っている使えそうなものをご持参ください。たとえば、衣類、アクセサリー、日用品、バッグや帽子など手作りの品々などです。



えらぶ避難所ニュース(16 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月30日
住民説明会


住民説明会が6月29日13時半から15時過ぎまで開催されました。会場に来られなかった被災者、遠方へ避難された方、被災者を支援する縁者の方々のために、簡単に紹介します。メモですので、正確な表現ではありません。あらかじめお断りします。

◆町長から
先頭に立って、一日も早く帰島できるようにします。いっしょに頑張りましょう、と力強い決意表明と挨拶がありました。

◆気象庁の説明・質疑
山体膨張は縮じむ傾向にはなく、蓄積したマグマが減ったわけではない。これまでと同じ程度の噴火の可能性がある。火砕流は、本村まで届く可能性があります。・・・・との説明でした。
島民からの質問と回答
<質問>距離を考えに入れたレベル5は考えられないのか?<回答>検討します。
<質問>レベルの決定に住民代表は参加できないのか?<回答>レベルの決定は、県、町、学識経験者、気象庁で決めている。基本的には皆さんとともに決めるものです。

◆国土交通省
ヘリコプターなどからの最新の画像による噴石、降灰、土石流の状態と今後の可能性などの説明があった。前田集落へは、火砕流が迫ったが、集落は高台にあり、谷との高度差が約70mあったので大事に至らなかった。
<質問>
70mの高低差が、火砕流で谷が埋まった後の値であるとすれば、もともとの高低差は、どのくらいあったのですか?<回答>調べ回答します。

◆町からの説明
見舞金(早い人には支払われた)、義援金(遅くなる、配分委員会をつくる)、避難所、仮設住宅(7月29日引き渡し、8月1日入居、談話室を作る)、支援物資の配分、一時入島(梅雨明けをめどに実施、車はフェリー太陽、湯向集落は漁船で、1回2~3時間程度)、避難所の食事(来週から学校給食も利用)、健康診断(健康増進課から)、風呂(これまで通りホテル浴場なども利用できる)などの説明があった。

◆島民から町への質問
<副館長からの要望>前日に行われた本村・湯向区の合同役員会での町に対する要望が紹介された。「レベル5の考え方の再考、一時帰島や生活支援などを考えて欲しい。多くの要望があるが文書で町に提出します。」<回答>また、町長からは、口永良部島が特定国境離島に指定されたこと、公的な生活支援に努力します。車の移送は14~20台。一時帰島の前に、まず調査する。検討する旨の回答がありました。
<要望>帰りたい気持ちでいっぱいです。40年近く牛飼いをしてきたが、牛が心配です。
<質問>鹿児島市に避難していますが、一時帰島に備え今は避難所にいます。手続きや検診、一時帰島などのために屋久島に来る必要があります。避難所がなくなった場合に、宿泊費(交通費も)がかかります。支援はありますか。<回答>難しいところもあるが検討します。
<要望>携帯電話は高額です。島に残した固定電話を屋久島に持ってこれないですか。<回答>調べます。
<要望>避難所にある電話ですが、NTTの支援で無料で使えるがプライバシーがありません。<回答>改善を検討します。
<質問>町から「自炊の要望があった」と説明されたが、どこからの要望ですか?避難所によっては場所もなく、また、年寄りが多く無理がありますが。<回答>分りました。
<質問>「自炊要望」は誤解されると困ります。食事に不満かあるわけではありません。ボランティアの皆さんが、あたたかく美味しい、心こもった食事を作って下さいます。ありがたいと思っています。<回答>分りました。

◆県への質問
<要望>長崎県雲仙普賢岳の火砕流災害では、長崎県の肝いりで(財)雲仙岳災害対策基金**がつくられました。目的は、「行政が行う災害対策を補完する」ことで、県の出損金が30億、貸し付け金1500億円で復興事業を行ったようです。鹿児島県も考えて欲しい。<回答>検討します。

◆ハローワークから、
求職希望のアンケート調査がありました。

風評被害をなくすために

新岳が噴火したため、屋久島の観光に影響があるようです。口永良部島の島民として、心苦しい思いです。
私たち島民に出来ることは、友人たちに「屋久島は安全」であることを知らせることです。
メール、facebook、ブログなどあらゆる手段で働きかけましょう。
口永良部島ポータルサイトでも、
すでに、全国の皆さんに「屋久島は安全です」と呼びかけています。


避難所・縄文の苑

6月29日夕刻に、鹿児島県会議員の、上山貞茂、前野義春、向井尊麿、柳誠子の各氏が来所されました。本村区長と居合わせた数名が陳情しました。
①牧場の現状と課題、②焼酎用からいも、胃腸薬の原料となるガジュツ生産など活性事業組合の窮状を訴えた。③また、長崎県の復興への取り組み、(財)雲仙岳災害対策基金を紹介し、鹿児島県でも取り組むように要望しました

畠ができます!!

野菜を作りたいなー。でも、農地がないからダメだ・・・・・とあきらめておられた方に朗報です。
社会福祉協議会のボランティアセンターに耕作の希望を申し込んでいたところ、地主さんのご厚意と、屋久島町や農業委員会のご尽力で、農地を貸していただけることになりました。
場所は仮設住宅からほんの1分くらい。希望者は7月10日頃までに川東さんまで。






事務局から

**<注>(財)雲仙岳災害対策基金の報告書が事務局にあります。「雲仙岳災害対策基金記録誌たくましく復興へのあゆみ」で、島原市の元市会議員(共産党)、上田泉さんからポータルサイト事務局に寄贈していただいた報告書です。

 


えらぶ避難所ニュース(15 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月22日
発電所・消防団・気象庁チームが一時帰島


◆本日22日に一時帰島
18日の噴火の後、全島で停電していました。これを復旧するために発電所関係者4名と消防団5名、気象庁2名のチームは、6月22日9時半頃、島に一時帰島しました。
チームの決死の作業のお蔭で、火山の観測機器の電源が確保できました。
今後の、全島民の帰島を果たすためにも、観測機器が動いて火山の状態を調べてもらうことは不可欠です。

仮設住宅の集会所


◆一般社団法人 名取復興支援協会 からメールをいただきました。
東日本大震災の被災者の皆さんからの助言は、的確で大いに参考になりました。心強い味方で、ともすれば落ち込みがちの私たちは勇気をいただきました。
ご紹介します。

えらぶ年寄り組事務局さま
こんにちは。名取復興支援協会Oです。
東日本大震災発生後のご支援に心より感謝申し上げます。
さて、口永良部島ポータルサイトを拝見させていただきました。
仮設住宅建設にあたり、集会所の設置の戸数が50戸以上という規定はありますが、東日本大震災の仮設住宅建設にあたっては、その部分を柔軟な対応をするようにとなっていました。
この件を踏まえ、厚生労働省と協議されたらどうでしょうか?

以下抜粋↓
なお、集会施設の設置については、概ね50戸以上の応急仮設住宅を設する場合に集会所の設置を認めているところであるが、地域のコミュニティを確保するなど特別な事情が認められる場合は、厚生労働省と協議の上10戸以上50戸未満で集会等に利用できる小規模な施設を設置できること。
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/0312_jimurenraku.html

「地域のコミュニティを確保する」という特別な事情がありますので、屋久島町を経由して鹿児島県、厚生労働省と協議されたらと思います。

「地域のコミュニティを確保する」ことは、復興のスピードに対して欠かせないものであります。
一度壊れたコミュニティを再生するのは容易ではありません。
東日本大震災の復興の遅れは、壊れたコミュニティの再生に余り力を注がず、自治体が目先の復旧工事のみに力を注いだ結果、住民がバラバラになり、現在、住民合意を得る為に多くの労力と時間を要しているからです。
何よりも、一番地域コミュニティに対して尽力されていた多くの方々を失ったことが、どれ程のダメージがあるか気づかなかったのが大きな原因です。

皆さまは、全員生きていますので大丈夫だと思います。
皆で力を合わせ、1日も早い帰島ができることを祈っています。
どうか、お体に気を付けられて、頑張らなくて良いので踏ん張って下さい。

他にお困りな事があれば、SNSのメンバーに投げかけて専門の方にご支援を賜る方法もございます。
お世話になっていて、この位の事しか出来ませんが、お気軽に私を利用して下さい。
今後とも宜しくお願いします。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一般社団法人名取復興支援協会 理事
HP:
http://natorifukkou.com/
FB:
https://www.facebook.com/fukonatori
後略
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


えらぶ避難所ニュース(14 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月22日

避難所・掲示板のお知らせ


◆避難所の職員配置
6月11日から、避難所に詰める役場職員の待機時間が、午前6時~午後9時に変更されました。
当初、24時間の待機でしたが、午前6時~午後11時に変更され、現在の待機時間に変わりました。

◆税金の納付期限の延長 6月16日
町民税、固定資産税、軽自動車税、国民健康保険税、県税などの納付期限が延長されます。

◆電気料金
5月29日付で契約は廃止された。6月分(5月検針日から28日まで)の電気料金は基本料金だけの請求です。

◆預金通帳の再発行
ゆうちょ銀行とJA種子屋久農協では、預金通帳の再発行ができます。

◆心と体の相談窓口
被災者への、訪問、電話声掛けがあります。

①役場健康増進課
電話:0997-43-5900(内線344)、携帯電話:090-1082-7842
②地域包括支援センター(高齢者の窓口)
電話:0997-43-5900(内線323)、携帯電話:090-1082-7642
③屋久島保健所
電話:0997-46-2024

ボランティア

済んでしまったボランティア催しもありますが、それも含めて下記に。

◆メガネ店のボランティア<済>
6月19日避難所で
メガネの掃除、点検と補聴器の掃除のサービスがありました。

◆自衛隊・掃海艇の一般公開<済>
6月21日に、屋久島宮之浦港で行われました。

◆あおぞらYOGA
6月28日(日)10時~11時  <雨天のときは7月5日に延期>
宮之浦新港 芝生広場で
被災者は無料

◆応援コンサート
7月4日(土)14時~15時
避難所「縄文の苑」で歌手・宮井紀行さんの、応援コンサートが開かれます。



えらぶ避難所ニュース(13 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月19日
恐れていた再々噴火


6月18日、午後0時17分に、新岳が噴火したもようとの報道がありました。
最も恐れていたことが起こりました。世帯主の一時帰島ばかりでなく、島民全員が島に帰れる機会を吹っ飛ばす噴火です。
6月19日には小規模な噴火も観測されました。

気象庁の説明会がありました。 重要な回答がありました。


3つの避難所でそれぞれ説明会が開かれました。
避難所「縄文の苑」での、被災者の質問と回答(重要なことだけ)をお知らせします。
<質問1>
気象庁が噴火警戒レベル5(島外への全員避難)を決めたが、島民の暮らしとの関係はどう考えるのですか?
<回答1>
屋久島町と県、研究者、気象庁で構成する「対策連絡会(うろ覚えです)」で、「暮らし」を含め協議している。その上で、噴火警戒レベルを気象庁が決定します。・・・・とのことです。

<質問2>
気象庁が、全島をレベル5と決めているが、一律(島外への全員避難)でなく距離を考慮して決めてもらえないか。
噴石の到達距離、火砕流を考えて、科学的な決定をされているが、距離を含めて決めて欲しい。
立ち入り禁止を火口から3㎞とか3.5㎞とすると、島の東西にある牧場に牛の世話に上陸することが可能となる。
<回答2>
提案のあったことを持ち帰り検討し、回答します。

<質問3>
屋久島町では、観光客のキャンセルがあるなど影響があるとお聞きしています。
気象庁が「屋久島は安全です」と公表してもらえませんか。
<回答3>
難しいことだが、持ち帰り返答します。

情報の伝達
 ◆屋久島町は、
1次避難所に入所する以外の被災者(公営住宅や一般住宅や県外の被災者)には、お知らせなど必要な情報を郵送するようです。
一時は、携帯を配布すると云う情報があり、その後、役場職員を配置し連絡役とする・・・との情報もありましたが、結局は郵送、及び区長さん通じての連絡に落ち着いたようです。

◆公営住宅・一般住宅に移動した被災者への、情報伝達については、連絡網は出来ました(区長)・・・とのことです。ご安心ください。

町議会の傍聴


◆屋久島町の6月議会を
傍聴した「えらぶ年寄り組」メンバーの報告(10時から50分間)です。

日高忠見議員の質問にかかわって、口永良部島の名前が2度も出ました。
林道問題に関して、荒木町長の答弁で「草払いなどは、口永良部島島民の雇用として考えたい」との発言がありました。
日高議員は「口永良部島の避難では、自衛隊のヘリコプターが出るなど支援してもらった。ところが、馬毛島の件では、屋久島町は「米軍基地等馬毛島移設問題対策協議会」に入っている。如何なものか・・・・との質問があり、町長は「馬毛島は米軍の軍事基地と考えている。災害支援とは関係ない」と回答
されました。
われわれ島民の避難が、馬毛島と関連付けられるのは、複雑な思いです。

◆他の質疑
口永良部島にかかわる質疑があるとは思いますが、情報が入ってきません。


えらぶ避難所ニュース(12 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月17
仮設住宅の シックハウスに注意


仮設住宅は、急げば40日で完成するようですが、現実には8月半になるとの情報もあります。
粗悪な建材が使われると、シックハウス症候群*になる可能性があります。福島の例では、結露によるカビのために、ぜん息になる人が増えたり、悪化したとの報道もありました。
屋久島町には、建材の質と選択には気を付けてもらわねばなりません。建設を始める前から、地元杉材を活用した木造とのうわさもあります。それならシックハウスの心配は少なくなります。

*シックハウス症候群
シックハウス診断士協会のホームページによれば
「住居内での室内空気汚染に由来する様々な健康障害を総称して、シックハウス症候群と呼びます。住宅の高気密・高断熱化が進み、新建材と呼ばれる化学物質を含有した建材を多く用いたことにより、室内空気が化学物質などに汚染され、そこに住まう人の健康に悪影響を与えてしまうようになってしまいました」とあります。

支援に感謝


◆被害者縁者の友人から
被災者への寄付の申し出がありました。

◆「えらぶ年寄り組」へ
避難生活をされている皆さまの支援情報を発信されている「えらぶ年寄り組」の皆さまの活動に感銘を受け、その活動運営に対しての寄付をさせて頂きます」と、京都府城陽市のUさんから、1万円の寄付をいただきました。有効に使わせていただきます。
ありがとうございました。



えらぶ避難所ニュース(11 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月13

安倍総理が避難所に  速報


「縄文の苑」の避難所では、
安倍総理は、居並ぶ被災者に一人ずつと握手を交わし、声を掛けられた。どこかで見なれた光景だ。それぞれの被災者は、思いのたけを総理に伝えることができたのだろうか。
まず区長は、多忙の中に総理が陣中見舞いに来られたことに感謝意を表した。40年近く、畜産にかかわってきた爺は、牛の心配を訴えた。昨日、若い人と共に牧場を調べに上陸した。すべての飼い牛がが確認でき安心した。首相は早く島に帰れるように、体を大切にと答えられたと云う。ある人は、精神障害者の息子の「居場所が口永良部島だったこと、息子を受け入れてくれた心暖かい地域の人々が暮らす島に、一日も早く帰りたいと語った。また、ある老婆は、国会の忙しいときにと総理をねぎらった。また、帰島をはばむレベル5に関して、「安全の定義」を総理に問いかけた島民もいた。えらぶの島民は、昨年の噴火でもけが人もなくやり過ごした。自主避難だったために、これぐらいなら大丈夫と避難しなかった老人もいたぐらいだ。今回の噴火でも、無事に逃げおおせたと云える。強制的な、全島避難だったから、大丈夫と思いつつも島を離れた人が多い。たしかに、口永良部島では太古の昔から、火山と共に生きてきた。
火山と折り合いをつけながら生きる・・・・・と云う観点からの「安全の定義」もあるのではなかろうか。
最後に総理は、
口永良部島の被災者のために
力つくすと語られた。
しかし、災害救助法は不備が多い。総理がいくら力つくすと云われても、あれこれの通達があり、基準もある。ある島民は、総理が「力尽くす」と語られときに、仮設住宅に集会所を作って欲しいと訴えたかったと残念がる。
建設予定の仮設住宅は29棟、集会所は50棟以上の仮設住宅にしか建設されない基準があると云う。
総理はこんな現状をご存じなのだろうか。


早く島に帰りたい。  三宅島でも思いは同じだった。 でも。


早く島に帰りたい。われわれ島民の多くがそう考えている。三宅島の「島医者」である外科医のN先生は、「避難中の住民の方はみな、そう思っていることでしょう。」とyahooニュースで口永良部島を論じられている。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakayamayujiro/20150613-00046524/
口永良部島の島民にとっては、触れたくない内容だ。ではあるが、もしも長期になれば直面しなければならない課題だろう。そのときになってでは、遅いのかも知れない。はたして、われわれは乗り切れるだろうか、自信はない。



えらぶ避難所ニュース(10 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月13

動き出した行政


◆屋久島保健所と県精神保健福祉センター (6月9日)
健康相談が実施されました。

◆種子島税務署は  (6月11日)
被災者には、税の申告・納付の期限延長や、場合によっては所得税の軽減や猶予を受ける制度があることを、税務署職員が説明し、お知らせやパンフレットを配布しました。

◆屋久島町健康増進課 (6月11日)
体操教室が開催されました。高齢の参加者は、避難所から出る機会も少なく運動不足になりがち。棒を使った体操では大笑いも。体にも良かったかも知れませんが、大笑いはなりよりの効果があったかも。

◆ハローワークーの「労働相談会」が各避難所で開催されました。(6月12日)
ハローワーク職員の皆さんが、相談表や求職票を配り、被災者と面談しました。被災者にとっては、帰島するまでの暮らしを支える働き場所が、見つかりそうです。

ボランティア


◆足裏マッサージ (6月11日)
公営住宅の入居組が、あわただしく引っ越し作業に走り回るのを横目に、居残り組は足裏マッサージをしてもらいました。オイルの香しさと心地よいマッサージは、避難所暮らしを忘れる夢心地のひと時でした。

被災者・縁者から

◆被災島民・縁者から 6月11日
島民の皆さんの体調はどうですか?入院中の父も落ち着いてるとの友人からのメールで少し安心しました。先ほど、TVで住宅への移動が映りました。スムーズに進んでるようですね。前回の噴火から半年間、子供として父のためにもっと具体的に対策できたのではないかと反省したり・・・・。
関西では東南海地震が心配です。どこか他人事だった私ですが、①島の現実、②あすは私たちが被災者となりうること、③今できる対策・備えを家族と話し合ったり…なかなか具体化できないジレンマでイライラしてます。ともかく、自分自身の備えですね。

◆避難所島民から 6月12日
仮設住宅の建設戸数が、約30戸と云う情報が避難所にもたらされました。仮設住宅に入る予定の被災者にとっては、集いの場所や集会所は欠かせません。当然作っていただけると期待していたところ50戸以上の仮設住宅でないと集会所は作れない基準があるらしいと・・・・これまた未確認情報がもたらされました。本当だろうか、内閣府の通達だろうかとヤキモキしています。
13日には、安倍首相が避難所に来られると聞きました。首相はこのささやかな被災者の願いを知っておられるのでしょうか。
10人たらずに雇用があれば、帰島するまで若者が頑張ることができ、離島を考え直してもらえるのに。また、民宿や子牛生産農家など、10余りの事業者の行き詰まりを避けることがことができれれば、火山が鎮まった島にみんなで帰れ、元どおりの暮らしにもどれます。
安倍首相は、こんな細やかな被災者の望みを知っておられるのでしょうか。


えらぶ避難所ニュース(9 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月11日

公的住宅の入居が始まりました


◆6月10日
それぞれの入居者は、部屋を確認したり、掃除をしたり・・・・忙しい一日でした。
入居者には、家電、食器など、生活に必要な
救援物資が配分され、入居先に運び込まれました。

◆6月11日
営住宅(第2次避難所)への入居が始まりました。避難所には、久々に笑顔があふれています。
避難所は、さびしくなりました。

◆近々には
「老人憩いの家」避難所が閉鎖されます。「宮之浦公民館」と「縄文の苑」の避難所はそのまま存続です。

笑顔がもどる

◆避難所には、久々に笑顔が戻っています。
公営住宅(第2次避難所)への入居が始まったせいでしょう。

◆勤め先ができました
すべての被災者ではありませんが、口永良部島で働いていた島民の一部は、雇用先の計らいで、避難先の屋久島で引き続いて働けるようです。昨日から、昼間の避難所に姿が見えない人が増えました。
求人情報も、若い人には届いています。
笑顔の源泉は、ここにもあるようです。
もっとも、事業者や民宿などの方々には、そのような心遣いも及んでおりません。

◆避難所の島民にもなんとなく余裕がでてきました。

屋久島町のご努力


町の対応策が効果的に働き始めました。しかし、町長や災害対策本部の皆さん、役場職員の皆さんのご健康は大丈夫でしょうか。無理されないでください。

◆公営住宅への入居世帯には、
携帯電話が配布されます。入居者に確実に連絡が取れるよう屋久島町の工夫です。

◆情報の共有
避難所で配布・回覧されていた「新岳噴火に伴う避難者確認事項」(以下 避難者確認事項)などが有効です。各省庁の「お知らせ」の個人配布になりました。これからは、公営住宅の入居者にも配布されるはずです。


配慮してもらえます


屋久島町災害対策本部から配布された「新岳噴火に伴う避難者確認事項」(以下 避難者確認事項)と避難所の壁に貼り出されたお知らせからの情報です。
◆新たに種子島税務署からの「お知らせ」が配られました。
申告期限や、納税の猶予があります。

これまでの「お知らせ」の再録
◆貸付制度
生活福祉資金貸付制度と屋久島町社協法外援護資金があるようです。
「屋久島社会福祉協議会」に問い合わせてください。
◆郵便物の料金免除
◆電気料金の支払い配慮
◆JAバンクでは
通帳の紛失など相談に応じてもらえるとのことです。

・・・・・・などがあります。

ニュース事務局から


◆えらぶ避難所ニュース
屋久島町の情報提供が素早くなってきましたので、当初の壁新聞形式は、必要がなくなってきたようです。
それに加え、ニュース発行の事務局である「えらぶ年寄り組」のメンバーの約半数が公営住宅に移動しました。この点でも運営が難しくなりました。
今後を検討中です。


フェースブック
屋久島町は、フェースブックで情報発信してもらえないだろうか。スマートフォンで簡単に見れる。公営住宅の入居者に、携帯電話ではなくスマートフォンを配布してもらえれば良い。発信作業はボランティアの若者にまかせればどうでしょう。

◆マスコミの皆さんに
マスコミの皆さんには、被災者の現状をつぶさに報道していただいております。それはそれでありがたいのですが、逆方向の報道、つまり被災者向けに情報提供するの報道はあったのでしょうか(気付いていないのかも)。「こんな情報がありますよ」、「福島の被災地では、広島では、こんなことが被災者に役に立ちました」という観点から、被災者向けに発せられ情報が被災者には必要です。そもそも、そのような逆方向の、しかも少数向けの報道はありえるのでしょうか?


えらぶ避難所ニュース(8 号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月9日

公的住宅の入居者を決めました

入居を募集をしていた23戸の公営住宅(第2次避難所)ですが、避難所の島民が自主的に入居者を決めました。代表者会議の調整で、23戸の内、21戸が円満に決まりました。

◆6月6日
住民説明会の後、
参加者で話し合いをして、入居希望が1世帯だけであった住宅については、その日のうちに仮決定できました。体の具合などが配慮され入居が優先された世帯もあります。
◆8日
避難所の代表者の会合で調整があり、希望が1世帯であった住宅をさらに仮決定しました。
◆9日
見学会が行われ、希望が複数世帯ある住宅については、話し合いと抽選会が行われました。代表者会議の調整で23戸の内、21戸が決定。実際に抽選で決めたのは2戸だけで、希望が叶わなかった世帯もありましたが、円満に進んだようです。
一般住宅を第2次避難所として認められたケースも数世帯あります。
◆10日以降
第2次避難所とする民間賃貸住宅を調整中で、公開の上で入居者を決定するようです。

◆残りの被災者は仮設住宅に入居することになります。
仮設住宅の必要戸数が確定すれば、建設へむけての手続きが進みます。


こんな優遇策が

屋久島町災害対策本部から配布された「新岳噴火に伴う避難者確認事項」(以下 避難者確認事項)と避難所の壁に貼り出されたお知らせからの情報です。
◆貸付制度
生活福祉資金貸付制度と屋久島町社協法外援護資金があるようです。
「屋久島社会福祉協議会」に問い合わせてください。
◆郵便物の料金免除
◆電気料金
の支払い配慮・・・・・・などがあります。

避難所の今後

一般住宅への入居が終われば、3ヵ所ある避難所は1ヵ所に統合されるようです。
仮設住宅の完成は、着工後1か月半です。
手続き、梅雨の中での工事を考えると、少なくとも、さらに2ヶ月の避難所暮らしが続くことになります。ここのところは、入居者にとって辛いところです。

情報格差の解消

情報格差は解消されています。
◆避難住民の自らの対処策は、
各避難所の代表者選出と代表者会議の開催です。公営住宅の入居者のスムーズな決定には、この代表者会議が、見事な働きをしました。

情報格差の解消のために、屋久島町も努力しています。
◆「避難者確認事項」の配布
6月6日の住民説明会で通知された内容や、マスコミ発表の資料が、各避難所の代表者に、すぐさま配布されました。
6月8日付けの「避難者確認事項」が、入所者全員に配布されました。

◆携帯電話の配布
公営住宅への入居が決まると、被災者への連絡がとりにくくなります。入居世帯と町災害本部との連絡のために、携帯電話が配られます。。
 

注意してください

◆車や家畜
島からの搬出が予定されています。
◆「避難者確認事項」の入手
重要なことが記載されています。
◆被災証明の入手
さまざまな手続きに必要です。


印刷事情があり、避難所での回覧を中止していましたが、再開しました。

えらぶ避難所ニュース(7号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月8日
これまでの支援

これまでの、支援の申し出をまとめました。<>内はニュースでの掲載号数

◆「えらぶ避難所ニュース」の印刷をしていただきました。
屋久島の印刷会社のご厚意で、「えらぶ避難所ニュース」創刊号をボランティアで印刷でしていただきました。これからもと云っていただいております。

◆被災者の皆さんへの求人です。 <ニュース6号に掲載>
老人向けの共同住宅を建設中の一般財団法人からのメールです。「施設内の管理棟へ住み込み、運営を手伝ってくださる方を募集しています」・・・とお誘いがありました。

◆支援の申し出 <6号>
横浜市のM様から、ボランティアでの技術支援の申し出がありました。

◆支援の受け方のご助言 <3号増刊>
東京災害ボランティアネットワーク事務局からの助言がありました。

◆ネットでの連絡方法の提案 <2号>
被災者家族様から
ポータルサイトを拝見させていただき、パスワード付きの掲示板をお求めであることを知り、即席ではございますが、掲示板を構築いたしました。・・・・と連絡をいただきました。
掲示板を掲載しましたが、使用はこれからです。

◆熊本県宇土市の方から申し出 <1号>
ペットを預かっても良い・・・との申し出がありました。

◆大阪市M様から簡易ベットの寄付 <1号>
簡易ベットが1台ございますので、 良ければ避難所に提供させていただきたいと存じます。

◆ペットについての助言 <1号>
東京都豊島区の北 **子さんからの助言です。

◆寄付(義援金)の申し出がありました <1号>
「まだ屋久島に行ったことのない中年おじさんより」と云うお名前で寄付(義援金)の申し出がありました。
5月31日 新岳の噴火映像をテレビで拝見し、 大変ショック受けました。 少しだけでも義援金を送らせていたきと存じます


被災者・縁者からのメール

新着メールと再録です。

被災者の娘さんから<6月8日> 新着
噴火の直後に避難所へ駆けつけました。父を含む島民が無事でホッとしました。5日(金)に関西へもどりましたが、TV画面がスッキリしています??被災者への情報は鹿児島県内のみ??鹿児島県外での報道はとても少ないです!詳細のわからない報道のみ!
鹿児島県内でも全く情報がないため、仕方なく避難所へ戻るしかない被災者の現状を目の当たりにしました!しかも、交通費は皆さん自腹です。m(_ _)m
屋久島の知人・ボランティアの皆さま本当にありがとうございます。急な休みに対応していただいた私の職場の皆さま・家族に大感謝いたします。
引き続き島へのつながりをどうか、よろしくお願いいたします。

◆鹿児島の被災者 日**様から 6月3日  <2号>
ポータルサイト見ています・・・・と、電話でお聞きしました。

◆鹿児島市 鹿児島市 の被災者 被災者 から **尚*様 6月 2日  <2号>
ポータルサイトの【えらぶ避難所ニュース】とてもありがたいです。 鹿児島にいると、何も情報がもらえず、テレビとネットを見ている毎日です。 避難所の方も大変そうなので、電話をするのも気が引けるので、とても頼りになります。 これからも【えらぶ避難所ニュース】をよろしくお願いします!

◆被災者への激励メール <1号>
20 年前、 阪神淡路大震災の半年後** さん宅で家族共々お世話になった**です。庭から眺め、海、古岳、鹿、牛、釣り~どれだけ震災ストレを癒やさたことか、昨日ごとく思い出します。この度全島民避難にあたり、皆様御不安、不自由いかばかりかと推察します。 私達夫婦も年寄り組となりましたが、何かお手伝い出来ることはありませんか? **さんご家族にも宜しくお伝え下さい。


えらぶ避難所ニュース(6号)改定版 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月7日、改定8日

◆うれしい便りが届きました。
被災者の皆さんへの
求人です。下記にメールを転載します。とりあえずは、匿名化して掲載しました。
お心遣いをうれしく思います。
島民の想いは島に帰りたい・・・・と云う方が大部分です。これから先、島に帰っても元の生活に戻れないなら、島外に生きるすべを探そうと云う方もでてくることが予想されます。島に帰りたい、しかし生活がある・・・・と葛藤され悩んでおられる方もおられるでしょう。それぞれが、選択を迫られます。
ポータルサイトは、島外の方々のお心遣いと、情報だけはお知らせします。

はじめまして
私、一般財団法人*** 代表理事***と申します
いきなりメールをお送り差し上げて申し訳御座いません。
当法人は、鹿児島県**市にて運営している法人です。

実は、法人名と同じ施設名の「***」を現在建築を行なっている最中で、その施設内の管理棟へ住み込み、運営を手伝ってくださる方を募集している最中です。
先日テレビにて口永良部島の噴火にてとなりの屋久島へ一時避難している方インタビューを見ました。

4~50代のご夫婦で避難され、帰島への目処も立たず、生活資金についても困っているというような内容のものでした。
そこで少しでもお力になれればと思いメールをさせて頂きました。
現在建設中の施設につきましては、鹿児島県**市**町にある10ヘクタールもの広大な土地(山林)内に元気なお年寄りが、協力し合いながら終生をそこで過ごせる施設となっております。
既存の有料老人施設ではなく、5部屋1ユニットの住宅を配置した老人向けの共同住宅となっています。
入居した方は、施設内の菜園での農作業や施設で保有している漁船での釣り、地域住民との交流、自身の趣味活動などなど楽しんで過ごせる施設になります。
海は口江良部島ほど近くはありませんが、自然豊かな土地で入居者に寄り添いながら一緒に歩んでいける方を望んでおります。
詳しい説明など必要でしたら、お気軽にご質問していただければと思います。
電話09**-**-***5(月曜、火曜定休日)
中略
募集内容には、施設管理及び厩務員となっておりますが、現在厩務員は1人決定いたしましたので、厩務については、そこまでご負担頂かなくても良いと考えておりますので、ご夫婦で住み込んで管理業務に当たっていただける方を募集しております。

住み込んでいただく施設については、現在建築中なので、採用決定した際には、関係施設の住居施設を提供させていただきます。
もし、ご興味がある方がいらっしゃいましたら是非お声を掛けていただけませんでしょうか?もし、ご興味があり、面接をご希望の方がいらっしゃる場合は、当方が出向いても良いと思っております。
お手数では御座いますが、出水市へ移り住んでも良いとお考えの方がいらっしゃいましたらご紹介頂けませんでしょうか?
それでは宜しくおねがいいたします。

◆その他にも
横浜市のM様から、プロボノ(ボランティアでの技術支援)の申し入れもありました。
何をお願いできるのか検討中です。


えらぶ避難所ニュース(5号)改定 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月7日
6月6日
住民説明会
住民説明会と記者会見の議事録が、避難所の被災者に回覧されました。
第2次避難所についてのまとめです。

◆第2次避難所(公営住宅)
公営住宅が、23戸が用意されました。

◆避難所に居なくても、
被災者は、第2次避難所に入居できるようです。

◆民間の一般住宅(空き家など)
第2次避難所の対象になるとのことです。被災者にとっては選択肢が広がりました。町と家主の話し合いが進んでいる一般住宅があるようですが、その戸数は明らかにされませんでした。

◆仮設住宅は、
被災者のすべてが、第2次避難所としての公営住宅(一般住宅をふくむ)に入居できなかった場合に(つまりは、公営住宅と一般住宅の入居者が決まったら)、仮設住宅の建設が始まるようです。

◆公営住宅などに入れなかった被災者は、
仮設住宅ができるまで、現在の避難所で暮らすことになります。3つの避難所は、統合されて存続させる方針。多くの被災者は、不便な生活が続きます。


住民の話し合い
屋久島町の島民説明会に引き続いて被災者同士で、どの住宅をどの所帯に決めるかを話し合いました。
希望者の少なかった、数戸については、被災者の話し合いで入居世帯を仮決定できました。
希望者の多い住宅については、明日7日に、話し合うことになりました。

被災者の要望
住民説明会での、被災者の主な要望です。

◆島に帰りたい
帰島できるかどうかは、6月15日に開かれる予定の火山噴火予知連絡会の結果次第のようです。


◆生活再建
民宿、農業生産など事業再開や生活再建のために、よりふさわしい法の適用、整備などの要望がありました。荒木町長は、「それこそが、町長の使命。国に働きかけている(表現は異なっているかもしれませんが)」と云う内容の決意を語られました。


◆その他の要望
島民説明会では、台風対策のための一時帰島、停電復旧、自家用車の屋久島への搬送などの要望が出されました。

 



えらぶ避難所ニュース(4号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月6日
さらに動きが急です。

◆6月5日に、
避難所の被災者に知らされたことの主な内容は下記です。

1)6月6日に、島民説明会が行われます。

2)今日6月5日に、避難所の合同役員会が開かれ、
公営住宅23戸の入居について話し合われた。優先順位など、おおよその案が話し合われたが、入居予定世帯の意向にも左右されると・・・持ち越しになった。
6月6日に、被災者の意向をもとに、入居先の相談があります。

3)家電製品など生活必需品
入居先で使う、洗濯機や冷蔵庫、テレビなどの家電、衣装ケースや鏡、食器類について、希望数量の調査がありました。
書き入れた希望の品物が、全て入手できるものではないようです。

◆見舞金で
注意
テレビの報道では
屋久島町の見舞金が被災世帯に配られる予定。「生活実態」が口永良部島にあると認められれば、見舞金がいただけるようで、町が把握している「生活実態」のある世帯数は5戸と・・・・・報道されました。




「三宅島」の経験を教えて下さいと発信したところ、東京災害ボランティアネットワークから、返信メールがありました。

えらぶ避難所ニュース(増刊) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月6日

えらぶ年寄り組 代表様
東京災害ボランティアネットワーク事務局のF**と申します。
この度は、口永良部島新岳の噴火災害による全島避難に対し、心よりお見舞い申し上げます。
参考になるかどうかわかりませんが、2000年の三宅島雄山噴火災害時の私たちの支援活動をまとめた報告書を添付ファイルにてお送りいたします。

年寄り組からの質問と回答

<質問>被災者として、緊急になすべきこと、備えるべきことは、どのようなことなのでしょうか?
<回答>三宅島の時とは事情も違うかと思いますので、全て当てはまることではありませんが、三宅島の際は、まず各地に散らばって避難生活をされている島民の方々への情報発信を実施しました。現在避難生活をされているのは屋久島内の3ヶ所の避難所と、そのほかに屋久島や本土の親類宅と報道では聞いていますが、これは、時間が経つにつれ、バラバラになってしまう可能性が高いかと思います。
もちろん、役場からの情報発信はあるかと思いますが、生活相談や小さな困りごとのようなものは相談しにくい可能性があるかと思います。可能であれば、島民同士で情報交換できる場などを作り、生活相談や困りごとを役場や他機関と一緒に把握していくことが重要かと思います。
なお、屋久島町社会福祉協議会が「避難生活支援ボランティアセンター」を立ち上げていますので、そちらと相談しながら、まずは現状の把握に努めてみてはいかがでしょうか。

屋久島町社会福祉協議会
避難生活支援ボランティアセンターhttp://www.town.yakushima.kagoshima.jp/info-living/4749/
なお、三宅島の全島避難時には、避難した地区毎に「島民会」という島民による共助グループを作って、お互いに励ましあったり、心配しあったりできる場を作って、その中で、避難生活や帰島に向けた様々な意見交換を実施してきました。さらに、それぞれの島民会が一堂に会せる場を設け、三宅村役場や東京都との意見交換(陳情だけではありません)を定期的に実施していました。まずは島民自身の思いをきちんと行政機関に伝えるためです。
これらの取り組みは、口永良部島の島民の皆さんだけでは難しいかもしれません。場合によっては、社会福祉協議会や屋久島島民の方々、さらに鹿児島県内の支援団体の方々に力を借りながら実施していく方が良いかと思います。
仮設住宅の建設が始まったと報道で知りました。仮設住宅での避難生活は非常に苛酷ですが、お互いに励ましあえる環境さえ作れれば、乗り越えられるはずです。
大きなことはできませんが、私たちにできることは、精一杯させていただこうと思っていますので、その際はご連絡をいただければと思います。


えらぶ避難所ニュース(3号) 発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年6月5日
動きが急です。
◆6月5日の朝食時に、
下記のことが報告されました(縄文の苑)。

1)公営住宅23戸の入居
緊急
数日をめどに進めるとのこと。
ペットは不可、一度入居すると仮設住宅には変更できないようです。

2)仮設住宅の予定地
「縄文の苑」上のゲートボール場、町営グランド横の広場

3)被災証明願重要
「証明願」の申請の手続きが始まりました。避難所に入っている人には、申請書が配られました。

4)災害義捐金注意
近いうちに、申請の手続きが始まりそうです。
東日本大震災で、仙台のケースですが、
「災害義捐金分配委員会」が作られた。メンバーは、民生委員、児童委員、社協、大学教授、監査役は銀行の会計士・・・でした。

4)避難所に入っていない人に、
屋久島島内ですが、福祉事務所が支援物質を届けた・・・との事です。

5)帰島
レベル3にならないと、帰島できないようです。
驚きです。

◆避難所3ヵ所の合同会議が開かれています。
避難所での情報格差は解消しました。
ニュースの張り出し、回覧は必要がなくなりました。

◆入院者が
避難所「縄文の苑」では、4名(Aさん、Kさん、Oさん、いずれも高齢の男性、Hさん女性)の方が入院しました。その他のに火傷の方1名(Wさん)がありますが、それ以外の入院者はつかんでおりません。縁者の方は、ポータルサイトまでご連絡ください。

◆感謝します
避難所によっては、大型の「えらぶ避難所ニュース」が印刷できなかったため、島内の印刷会社で印刷しました。
「えらぶ年寄り組」のメーンバーが個人負担したのですが、本日、印刷会社の店長さんから、「被災された島民の方にもかかわらず、代金をいただきまして、誠に申し訳ございませんでした。町民みんなで支援している中で、配慮が足らずお詫び申し上げます。ここに代金を返金させていただきます」と、ご丁寧な便りをいただきました。今後も「えらぶ避難所ニュース」については、手伝っていただけるとのこと、感謝でいっぱいです。

◆お見舞いや差し入れ、ボランティアなど、
屋久島町の多くの方から、頂いております。また、島外からも義捐金、ベットの寄付、ペットの引き取りなどの申し出があります。心より感謝申し上げます。





えらぶ避難所ニュース
 創刊号  2号



          このページの先頭へ