えらぶ復興のページです
全国の皆さん 復興をご支援ください!
<2015年12月25日>
私たち口永良部島・被災島民の多くは島に帰島し始めました。一部地区の住民には「避難指示」が続いていたり、留守中の水害で危険があるために、帰島できない島民がおります。また、 帰島できた島民には、生活再建と島の復興の重荷が待ちかまえています。
被災島民は、口永良部島に帰った方、屋久島の仮設住宅や島内の住宅に残った方、鹿児島やそれぞれの親戚宅親類縁者のもとへ身を寄せられた方々など、これからも、何か所にも分かれた生活を送らねばなりません。
バラバラに暮らさざるを得ない私たち島民の情報交換を密にして、すべての被災者の帰島を実現し、島の復興を果たすために、今後も「口永良部島ポータルサイト」を活用することにします。第一次避難所で誕生した「えらぶ避難所ニュース」は、その志を「えらぶ被災者ニュース」に引き継いで情報発信してきました。今後は「えらぶ復興ニュース」として名称を変更して発行を続けます。
屋久島の皆さんや全国の皆さまに、口永良部島の復興を見守っていただき、支援していただくためにも、「えらぶ復興ニュース」をお届けします。
「えらぶ被災者ニュース」は、一部避難指示の解除に伴い「えらぶ復興ニュース」と改題し発行を続けます。号数は引き継ぎました。
えらぶ復興ニュース 18号 (通算・58号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2019年5月21日 |
大雨のため、上水道の取水口が流出
土石流、崖崩れ、道路寸断、断水での生活は辛いところ |
5月18日の集中豪雨では、屋久島が大変でしたが、ここ口永良部島も大きな被害を受けました。
集落近くの河川を土石流が走り海岸通りの家々を襲いました。役場職員によると、「2時間前の見回りで異常がなかったが、降水量は異常で、急速に水量が増した」と、当日の雨量が尋常でなかったことが分かります。
床上浸水3戸、床下浸水5戸で、あらゆるところがヘドロ状の土に覆われ、その量が尋常でないうえに、断水状態で取り除きようがありません。
上水道の取水口が流されてしまい、島の九割の世帯が断水状態です。昔から湧き水も生活用水として利用しているので、8割の世帯はまだ影響が少ないのですが、約一割の世帯は、毎日水の確保に追われています。風呂や調理、食器洗いや洗濯がままなりません。
水源地が噴火警戒区域にあるため、危険で一般の業者は作業ができません。自衛隊に来てもらって復旧工事が進められています。
崖崩れが、確認できているだけでも10数か所、全島のチェックができていないので、合計20カ所以上になりそうです。道路が通れなくなり孤立した集落がありましたが、3日ぶりに開通しました。
海岸通りが水没、場所によっては胸の高さまで水没、車が浮き流されました。床上浸水3戸、床下浸水が5戸、土砂が流れ込みました。土石流の流れが海岸に達し、排水溝が詰まって、浸水を招いたようです。
発電所上の道路、崖が崩れて一時通行不能に。画面奥にある河川に、土石流が走り、あふれた水流は道路を流れて海岸通りに達しました。
発電所の敷地に土砂が流れ込んだ。
令和元年(2019年)5月21日現在、火山の方は静かです。噴煙、火山性のガスや地震が少なくなりました。
噴火警戒レベルが3のままで、一部の道路が通れないなど不便はありますが、島民の暮らしは穏かです。
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えらぶ復興ニュース 17号 (通算・57号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2019年1月10日 |
平成31年(2019年)1月2日に小規模な噴火がありました。
昨年の夏以降、一時的に噴火警戒レベルが4となったり、火砕流を伴う噴火があったり、これまでになく降灰が見られたりしている新岳の火山活動ですが、島民の暮らしは平穏です。
2015年の噴火前の状態が好ましいのですが、当面それは望み薄なようです。
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えらぶ復興ニュース 16号 (通算・56号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2018年12月20日 |
◆2018年(平成30年)12月18日に、
新岳が噴火しました。
島民は、番屋が峯の避難所に一時避難しましたが、1時間くらいで家に帰えることができました。島民は無事です。
気象庁によると、
噴火は16時37分に発生、空振か観測され、大きな石が火口付近に飛散しているのが確認されました。本村港からは、火口西側の山腹が灰色に変わっており、火砕流が流れた事が分かります。
◆ここひと月ばかり降灰に悩まされています。
ここひと月ばかり、小規模の噴火が繰り返し発生していました。それに伴う降灰になやまされています。
島の金峯神社の総代会(氏子会)からの依頼で、下記を掲載します。 |
総代会のホームページは こちら です。
報告書
口永良部島の金峯神社宮司解任の署名を頂いた方々への報告書です。
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訂正文
署名の際に、お見せしたり、添付した参考書類の一部に誤りがありました。下記のように訂正します。
<注>口永良部島の金峯神社・責任役員会の二名の責任役員と総代会(氏子会)は、平成28年(2016年)5月に、A氏を宮司職から解任しました。A氏はこれを認めず今日に至っています。
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えらぶ復興ニュース 15号 (通算・55号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2018年9月6日 |
◆2018年(平成30年)8月15日に、
噴火警戒レベルが、レベル2からレベル4(避難準備)に引きあげられました。火口からおおむね3㎞では、避難準備するよう指示がありました。火口3㎞以内に居住するの4,5世帯が、夜間だけ公民館などに、夜間だけ宿泊し避難していました。
◆幸いにも8月29日に、
噴火警戒レベルが、レベル3に引き下げられました。火口からおおむね2㎞以内が立ち入り禁止の入山規制となりました。全ての住民の生活、民宿の営業など平常通りです。
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えらぶ復興ニュース 14号 (通算・54号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2018年3月2日 |
2018年(平成30年)2月10日~12日、
全国エコツーリズム大会が屋久島で開かれました。
初日には、(株)JTB 会長 田川 博己さんによる基調講演があり、
2日目には、屋久島町の観光に関して5つの会場に分かれて、会合が開かれました。
5つの会場のテーマは次のようなものでした。
①観光基本計画「屋久島の将来像」
②エコパーク構想「口永良部島を中心にエコパークを考える」
③環境保全と協力金「現状と協力金のあり方について考える」
④地域としての取り組み「里のエコツアーや一次・二次産業と観光業の関わり」
⑤ガイド登録認定制度について「認定制度を考える」
◆5つの会場の一つ②が
<エコパーク構想「口永良部島を中心にエコパークを考える」>でした。
第二分科会の会場風景(写真提供は、屋久島町環境政策課)
コーディネーター東京大学 助教 田中 俊徳 先生を中心に、
京大学長 山極壽一先生、
イオン財団 事務局長 山本 百合子 さん
本村区・区長 貴舩 森 さん
が、パネリストとして話題提供し、参加者約40数名が論議に加わりました。
◆東京大学 助教 <コーディネーター>
田中 俊徳 先生 は
ユネスコエコパークを分かり易く説明され、
災害復興・地域振興の核に、ユネスコエコパークの理念を使えないか?と問題提起されました。
(以下は、田中 俊徳 先生が全大会で報告された「まとめ」を参考にしました)
京都大学総長 <パネリスト>
山極 壽一 先生は
【ストーリーベースでの(物語にもとづいた)ツーリズム(観光)】を提案されました。
一つ一つの自然、文化には必ず物語がある。その物語を地元の人が観光客に語っていく。観光客も新たな視点で物語を発見する。地域にとっては当たり前のことであっても、観光客にとっては当たり前のことでないことが多い。互いに「気づき」を得て、共有していき共に地域をデザインしていくことが重要。
口永良部島において、「暮らしと環境」を地域と観光客で共にデザインするモデルケースを作っていく。
また、
【サービス型ではなく、参加型のツアー】とする提案では、
口永良部の人口規模では、サービス対価型は、向かない。「アルベルゴ・デフューゾ(Scattered Hotel 分散型ホテル)」民泊+コミュニティ食堂のように地元の人と観光客が自然と集えるようなデザインをすることがいいのではないか。
【ICT(情報通信技術))の活用】も語られました。
クラウドファンディングやマッピングアプリの活用で、口永良部の仲間を増やすことだ。
・・・・と提案されました。
◆イオン環境財団 事務局長 <パネリスト>
山本 百合子 さんは、
【参加型 環境教育】を語られました。
イオン環境財団は次代を担う子どもたちの参加型環境教育に注力。2009年から3年間、噴火後の三宅島での植樹活動を通じて、地域への貢献と環境教育を実践した。今後、地域の子どもとの交流を持ちながら、環境教育を推進していく。口永良部島においても、火砕流が流れた地域への植樹活を通じて地域への貢献と、子どもたちの環境教育ができないだろうか。・・・・と提案された。
引き続いて
本村区長の貴舩 森さんが、口永良部島の島起こし・復興政策を熱く語られた。
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◆本村区・区長 <パネリスト>
貴舩 森 さんは、
本村区長は、全国エコツーリズム大会でパネリストとして話題提供され「“教育”をキーワードにして島を活性化する。そのために、来島する”学生”パワーの助けを借りる」とし、「教育」と「学生」をキーワードにした島づくりの政策を熱く語られました。
【学生教育に特化した島づくり「学生の島」】では、
これまで島のことを島民が考えるための場づくりを実践してきた。「本音で語ろう会」や「里のエコツアー」など。島の価値を知り、理解し、共有することを目的に、人・生活・産業・環境の調和を目指している。広島大学、慶応大学など多くの大学が、口永良部島に通って、地域の人とすったもんだしながら、お互いに色々なことを学んでいる。
【口永良部島の活動】については、
広島大学が、他大学と協力して、「口永良部島の魚」に関する図鑑を作成。
地域おこし協力隊の参加で、商品開発。
大学生が様々な活動・議論に参加することで、地域の人にも刺激になっている。
・・・・と、語られました。
区長の報告には、多くの質問や助言が寄せられるなど、参加者からの反響は高いものでした。
また、第2分科会では、他の分科会の中で、参加者が最も多かったようです(40数名)。 口永良部島・島民の参加は、他に高校生が一人あり、合計3名でした。
筆者も、分科会の中で、「えらぶ年寄り組」の「ボランティア体験・学習キャンプ事業」を紹介しました。第2分科会の終了後、ユネスコエコパークを所轄する文部科学省の担当官から、「”キャンプ事業”は、地元が行うエコパークらしい事業です。他では見受けません」と高い評価を頂きました。
区長が構想する「学生」・「学習」をキーワードとした島おこし・復興事業を進めることが重要だと、島民の一人として確信しました。
全国エコツーリズム大会の報告は以上です。
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えらぶ復興ニュース 13号 (通算・52号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2018年2月26日 |
天皇・皇后両陛下を
口永良部島・島民がお迎えしました |
11月16日に、天皇・皇后両陛下は、口永良部島の被災を激励されるために屋久島に来られました。口永良部島の島民代表5名から被災の状況を聞かれ、懇談されました。また、両陛下は会場の外で待ち受けた島民ひとり一人に、やさしく声を掛けられました。
帰島した島民の誰もが、興奮気味でした。被災した島民の事を忘れずに、はるばる来られ、島民の今とこれからを心配される両陛下に、感銘し感謝していることを口々に語り合いました。
うれしい後日談があります。
漁師をする畠嘉人さん、愛称ヨットマンのもとに県から電話があったのです。ヨットマンは、島民代表として両陛下にお会いし、島の様子をお話した5人のひとりでした。その際、島特産のイセエビをお見せしようと、エビを生け捕り、かかえて来たのですが、懇談の席への持ち込みが許されなかったのです。そのエピソードを報じた新聞記事を見られた皇后陛下から県に連絡があり、「感謝のお言葉があった」と県が伝えてきたのです。
ヨットマンは感激し、「是非とも、町を通してイセエビを献上したい」と語ります。多くの島民も、その実現を願っています。
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えらぶ復興ニュース 12号 (通算・51号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2017年10月28日 |
11月16日に、天皇・皇后両陛下が、口永良部島の被災を激励されるために屋久島に来られます。屋久島町長や口永良部島の島民5名から被災の状況を聞かれ、懇談されるとのことです。5名の島民とともに多くの島民がフェリー太陽で屋久島まででかけることになっています。
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えらぶ復興ニュース 11号 (通算・50号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2017年10月28日 |
平成29年(2019年)9月11日に開催された第三回復興委員会での決定事項の紹介です。
◆「フラワー会」からの申請
「花作りによる集落の環境美化事業」の申請を協議し承認した。
◆「復興と生活支援基金」の具体化
委員にアンケートした結果を参考に具体的な支援と金額の枠などを協議決定した。
◆「第一次・口永良部島復興と振興計画(10年)」
冊子の業者決定など準備中であることが報告された。
フラワー会の「島づくり支援金事業」助成申請が認められました |
「フラワー会」は、これまで「花作りによる集落の環境美化事業」を行ってきました。今年度の活動資金として、復興基金の支援金事業からの助成を申請していました。第三回復興委員会で年間3万円の助成申請が認められました。支援事業で認められた初めての助成です。
「フラワー会」は、
高齢者を対象としたボランティア支援グループである「えらぶ会」が行っていた活動の一部を引き継ぐ形で、平成29年(2017年)4月に発足しました。「花作りによる集落の環境美化事業」を行う60歳~70歳代の女性島民を中心とした会です。
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えらぶ復興ニュース 10号 (通算・49号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2017年10月28日 |
平成29年(2017年)3月21日に、第二回の「口永良部島復興委員会」が開催されました。
協議・決定されたこと
◆「第一次・口永良部島復興と振興計画(10年)」案(詳細はこちらから)を
冊子として各家庭に配布すること、印刷予算が50万円であることを決めた。
◆「島づくり支援金」の運用内容が協議され、
4つの柱に基づく施策案を見直した。
また、支援金の助成申請書である「事業計画書」を見直した。
◆復興委員会の規約を一部を見直した。
◆委員会運用の予算を協議し決定した。
復興委員会の発足にあたって
口永良部島復興委員会委員長 本村区長 貴舩 森
◆平成27年(2015年)の大噴火を経験した私たちと、支えてくれた多くの人たちを忘れません。『がんばれ口永良部島』たくさんの応援を胸に、魅力ある口永良部島復興と島づくりづくりを進めましょう。
◆平成27年、私たちは噴火のエネルギーに圧倒され、久しぶりに口永良部島の力強さを感じました。まさに火の島、私たちはそんな口永良部島に生き暮らしていることに誇りがあります。噴火では思いもよらぬ全島民避難となり、そして始まった先の見えない避難生活の不安と疲労が重なる中で、右往左往する私たちを日本全国から多くの人達が支えてくれました。たくさんの支援物資が届き、多くの支援金や義援金も頂きました。小さな島に暮らす私たちを日本中の人たちが心配し、支えてくれたことに心から感謝するばかりです。さあ『がんばれ口永良部島』を胸に、みんなで一緒に新しい出発をしましょう。
◆大好きな島に暮らす幸せ。
島のいいところは何ですか?島の好きなところは何ですか?島の魅力は何ですか?なぜ島に帰りたいのですか?これは噴火によって多くの方々に問われた質問です。とても大切な質問ばかりです。口永良部島の良さは自然だけではありません。知恵を絞り生き暮らすことに自分を強く実感するのです。その何気ない日常の中に、他の人や自分を感じられ、生きていることを実感できる幸福は、この島の魅力でありそして宝なのです。
「口永良部島の復興と振興」を説明したプレゼンテーションです(貴舩森 委員長の報告)。
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えらぶ復興ニュース 10号 (通算・49号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2017年10月28日 |
平成27年(2015年)の新岳噴火にともなう全島避難に際に、全国の皆さんから頂いた支援金や義援金を復興基金として、島の復興と島づくりを担う「口永良部島復興委員会」が立ち上げられました。第一回の復興委員会は平成28年7月に開かれました。
復興基金ですが、2つの計画があり、それぞれの財源は下記の通りです。
◆復興と生活支援基金<財源は、義援金>
全国の皆様からの約3億円の義援金が屋久島町に託されました。その内、2億7千万円が被災島民に配分されましたが、残額の約3000万円は島民には配分せずに、地区(本村区と湯向区)の復興基金として使わせていただくことになりました。
◆島づくり支援金<財源は、支援金>
これとは別に、島民(実際には本村区と湯向区)に直接送られてきた支援金が664万円あり、これも復興基金として使わせていただくことになりました。
(2016年4月10日発行「えらぶ復興ニュース」45号で報告しました)
◆復興委員会の構成メンバーを決め、委員長に貴船森氏を選出した。
貴舩森委員長から、「口永良部島の基本理念」と、それに基づく復興委員会の進め方や運営の方針が説明された。
◆委員会規約や役割、基金の使い方などの概要が協議され了承された。
◆「第一次・口永良部島復興と振興計画」案が貴舩委員長より説明があり了承された。
下記の3つからなっている。
①「復興と振興」編
<計画の概念・理念をまとめたもの>
②「島づくり支援事業」編
<支援金664万円を財源としています。地区が直接受け取った寄付金です>
③「復興および生活支援基金」編がある。
<全国の皆さんから義援金の残金約3000万円が財源です>
貴舩森委員長が提案した「口永良部島の基本理念(下記)」
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えらぶ復興ニュース 9号 (通算・48号) 改 |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年5月31日 |
◆2016年6月4日
鹿児島大学地域防災教育研究センター主催による「口永良部島2015噴火災害対応報告会」が開催されます。事前申し込みが必要です。
口永良部島民の帰島情報です(情報源はすべてマスコミです)。
2016年5月28日のマスコミ各社の報道によれば、帰島は66世帯108人のようです。また、同日付の南日本新聞によれば、27日現在で75世帯121人(噴火前、86世帯137人)で、5世帯が立ち入り禁止で帰島できず、介護や医療など健康上の問題で4世帯が屋久島などに残っているとのことです。数値の差は、住民登録と実態との違いのようです。
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えらぶ復興ニュース 8号 (通算・47号) 改 |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年5月27日 |
金峯神社元宮司への辞職勧告に関する
「マスコミ各社へのお知らせ」の掲載を終わります。 <2016年12月4日> |
平成28年5月27日付けの「えらぶ復興ニュース8号」で「マスコミ各社 御中 口永良部島・金峯神社の宮司辞職の件として、掲載しておりました「マスコミ各社へのお知らせ」は、情報の周知が出来ましたので掲載を終わります。
お知らせの内容は、金峯神社・氏子会が、元宮司のAさんに金峯神社宮司の辞職を勧告したことに対する経過報告でした。
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えらぶ復興ニュース 7号 (通算・46号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年5月5日 |
口永良部島の人口の8割以上が暮らす本村地区の定期総会が、2016年の4月29日に開かれました。
◆14年間お疲れ様でした
林 信昭 氏が公民館長・区長の職を引退されました。実に14年間も重責を担われました。この間、島の活性化のために力尽くされ、ここ2年続きの噴火と、昨年7か月にわたる避難生活を陣頭指揮されました。永い間のご尽力に、心よりお礼申し上げます。
◆新たな区長に
貴舩 森 氏が就任、新たな役員が選出されました。今後の口永良部島の復旧・復興を新区長と新役員が担うことになります。
◆報告されたこと
・熊本地震被害者への義援金の募金箱を用意
・仮設住宅への熊本地震被災者の受け入れは、問題ない
町は、「利用中」と断ったようだけれど、島民としては被災者入居は差し支えないことを
町に知らせる
・西之湯温泉の復旧工事が、町予算で行われる
活性事業組合が事業を請け負う
・寝待温泉への道路は今年の秋に工事予定
・津波対策を改めて準備・整備する
・臨時総会で決まったが、
町からの支援金は「復興委員会」での使い道を相談する
区への出郷者の皆さんからの義援金は、区費支払いの形で島民に配布
◆要望や提案
・前田地区や寝待地区の被災者への応援・配慮
・町政懇談会を開く
・公民館の調理場の改善・整備
・食品加工所の新設
・本村温泉
燃料を、町の固形燃料でまかなう
子供の日に子供たちは無料に
ホールの利用を拡げて欲しい
・観光客のためにも避難の案内、ヘルメット用意などを
・ドクターヘリなど
119への連絡方法の案内を再考ればとの提案
・氏子会の存続
会長など役員のなり手がいない問題を議論。立候補もあり再度氏子会で話し合う。
・えらぶ年寄り組から
「ボランティア体験・学習キャンプ」を催すこと、予算を県に申請したことなどの紹介と
協力の要請
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えらぶ復興ニュース 6号 (通算・45号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年4月10日 |
地区への直接の「復興支援金」 約664万円をいただきました |
◆2016年4月9日
この直接の「復興支援金」は、赤十字や鹿児島県、屋久島町など公的な窓口に寄せられたものとは異なり、多くの皆さんから「島民の皆さんが自由に使ってください」と島民全体(本村区・湯向区)に直接に頂いたものです。また、全国の皆さまにも協力をお願いしました経緯があります。<注:南日本新聞で報道され、区の担当役員がインタビューに答えています。また、区の役員会から依頼され、ポータルサイト上の「えらぶ避難所ニュース19号(2015年7月25日付け)」にもお願いの記事を掲載しました。>
公的な支援金ではできなかったり、行政ができない復興・復旧事業、たとえばボランティアの皆さんの宿泊費用などに使いたいと地区役員会で決めたものです。「支援金を、被災者がお願いするものではない」と云うご批判もいただいたのは承知しておりますが、有効に使わせていただきます。
◆全国の皆さんからの支援金は3億円
2億7千万円が、すでに島民のために配分されました。例えば、1人所帯で約170万円、2人所帯で約250万円の配分がありました。避難7か月の生活費や、家屋の修理費、引っ越し費用などとして配分されました。大金です。お陰さまで、帰島できるまでを持ち応え、生活の再建に取り掛かることができています。全国の皆さんに感謝申し上げます。
◆支援金3億円の配分
生活資金、家屋の修繕、引っ越しなどの資金として配分されました。2016年1月半ばに3か月分が送金され、支援金の配分は終わったということでしょうか。
配分の残金が、県と屋久島町の手元に3000万円残ったということです。
◆帰島できない島民がいます
大雨のために道路が不通の区域と、噴火警戒区域の内側に家があり帰れない8世帯の島民の生活支援が問題です。行政にお願いがあります。
いまだに8世帯は帰島できず、仮設住宅などでの避難生活が続いています。当然ながら家業も復職も出来ません。8世帯分の生活再建のための資金は、帰島できた大部分の島民同様に、2016年3月で終了しました。
避難者がいないかのような、帰島できたものできないもの一律の支援金配分の打ち切りは不安になります。
8世帯には「国や県の予算」から、今後も支援して欲しいのですが、どうでしょうか。
◆3億円の残金3000万円の使途は、
島民に託されるようです。これも、ありがたいのですが「噴火の被災・避難は決着済み」のようで、心配になります。
◆ 国や県にお願い
(1)被災者生活再建支援法に代わるもの、弾力的運用を
10戸以上の全壊家屋がなければ、生活再建支援法を適用してもらえません。口永良部島では、直接の被害がないが、火砕流の恐れがあるので帰れない状況があるのに、法の支援が受けられない・・・・と云う矛盾があります。
現在も、前田地区の住民は帰れずにいます。「10戸以上の全壊家屋がなければ、支援法が適用されない」と、機械的に線引きされています。全壊はしていないが確かに「帰れない」被害はあり、法的に「何ともしがたい」と云う法の隙間とも言える矛盾はあるのです。
国や県は、ここを解決していただけないでしょうか。
(2)条例の制定
前田地区の世帯のためには、生活再建支援法の適用が出来なくとも、例えば東京都のように、「災害被災者帰島生活再建支援条例」を作って欲しい。東京都は、被災者生活再建支援法の対象外の世帯に、国制度の2分の1の支援金を支給することを決めています。鹿児島県も何とかならないでしょうか。
◆2016年4月9日開催
本村区と湯向区の合同臨時総会が開かれました。島外に避難中で臨時総会に出席できない島民の皆さんも、重要な案件ですから注視してください。
1)支援金の扱い
両区に直接いただいた支援金約660万円の使い方と、島民に託される3000万円の公的義援金(3億円の支援金の残金)の扱いが話し合われました。
◆毎月、屋久島町から生活資金として送金がありました。
全国の皆さんからの支援金3億円から、毎月生活資金が島民に支払われました。
2016年1月の半ばに、3か月分が一度に支払われ、これが最後と云われています。
◆660万円と3000万円いずれの支援金も、
臨時の合同総会では、2つの区に按分するのではなく、口永良部島の全体として使うことに決まりました。
◆使い方は
「仮称 復興委員会」を立ち上げて決めることにしました。
◆3000万円については、
県の意向は、島民で使途を考えればよい。とのこと、これを受けて区の役員会は、県の勧めのように基金を設けるとの方針表明がありました。
2)何に使うのか
◆使途としては、
未来を担う子どもたちのために使いたいという意見があり、これまで区の懸案だった案件である、移住者用の定住促進住宅、食品加工所、漁業用氷の貯蔵庫、公民館の調理場の改善、温泉復旧などの使途案が上りました。
◆帰島できない、前田・寝待集落の住民に配慮することも確認しました。
◆両区に直接いただいた支援金のうち、出郷者の皆さんからの支援金は、出資者の「島民へ配分するように」とのご意向を受けて、それぞれの区費に充当することとして各世帯に配分することに決めました。
3)その他の意見
◆前田集落を今後どうするかは、前田の住民だけの問題でなく、島民全体で応援する案件だ。
◆これからも噴火の可能性がある。前田は、また避難しなければならない不安定さがある。集団移転も選択肢の一つであり、前田住民としてもまとまって意見集約したい。
(注:防災集団移転促進事業がある)
◆支援金だけで復旧・復興を考えるのではなく、公的資金(国の予算、特定離島予算、県の村おこし予算など)の活用も考えれば。そのためには、予算申請の締め切りに間に合うように、備えておかねばならない。
◆区ばかりが、復興事業をするのではなく、それぞれのグループが手掛ければばよい。島がユネスコエコパークに指定されたことを受けて、助成金を申請しようとしている団体もある。それも良いのではないか。<エコパークの簡単な説明があった>
◆後任の医師を雇用してもらいたい。
◆町政懇談会を開いてもらいたい。
◆鹿・ノヤギ対策をしてもらいたい。
◆寝待温泉への道路を復旧してもらいたい。
おおむね以上のような、話し合いがありました。
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えらぶ復興ニュース 5号 (通算・44号) 改 |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年3月27日 |
出郷者の方から復興計画の提案<母牛300頭の牧場プロジェクト> |
◆2016年3月中旬
鹿児島県で牧場経営に関われれている出郷者が来島され、復興計画の具体的な提案がありました。緊急に開かれた本村区の役員会で、「口永良部島の新村地域で、牧場経営を始めたい」と、その計画案を説明されました。
◆計画は、
新たに300頭の母牛を導入し、子牛生産しようとするものです。
牧場は既存の牧場施設を利用し、これまでのような自然交配ではなく人工授精方式とする計画です。
◆役員会では、
計画案はおおむね歓迎の雰囲気でしたが、参加者からは、牧場だけの計画ではなく、町営住宅の誘致など新村集落の復活を含めた計画とするよう要望が出されました。
一方で、新・牧場予定区域の地権者には様々な意見があり、島内外の地権者の意向が「300頭牧場計画」の成否を左右することになりそうです。
◆この計画が実現すれば
この計画の実現には、多額の資金と莫大な公費の投入が必要となるでしょう。しかし、かつては盛んだったにもかかわらず、今は衰退してしまった牧畜業のテコ入れとなり、雇用促進や新村集落復活など、火山噴火で痛めつけられた口永良部島の復興効果が見込まれます。
今のところ、屋久島町や島民の側には、これほど大掛かりな復興計画はありません。提案された「300頭牧場計画」の今後は注目に値します。
◆3月25日 転勤される先生方の送別会
金岳小中学校の先生方の内、4名の先生が転勤のために島を離れられます。送別会がありました。5度目のチャレンジで本採用になった先生、島で伴侶を見つけられた先生、島に在任中に2人のお子さんが誕生した先生などなど、口永良部島での勤務があったために幸せをつかまれた先生方を送り出すのはうれしい限りです。
◆3月26日、28日 港で見送り式
先生方が、島を離れられます。
◆4月1日、5日 港で見送り式
留学生1人が親元に帰ります。中学卒業生2人が高校進学のために屋久島に出発します。
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えらぶ復興ニュース 4号 (通算・43 号) 改 |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年3月20日 |
口永良部島が
ユネスコ・エコパーク
として認められました。
◆2016年3月20日
ユネスコが実施する生物圏保存地域(通称:ユネスコ・エコパーク * )事業に関して、文部科学省は、「屋久島エコパーク」の延長と、口永良部島も含める拡張を、ユネスコに推薦していました。これを受けてユネスコは2016年3月20日に、ペルーで開催されていた人間と生物圏(MAB)国際調整理事会で、「屋久島・口永良部島エコパーク」を認めることを決定しました。
*英名:Biosphere Reserves(BR)
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◆卒業式 3月15日
金岳小中学校の卒業式がありました。小学校では、4人が卒業、3人が金岳中学校に進学です。中学生は2人が卒業し、屋久島高校に進学されます。おめでとうございます。
新たな入学生がなく、留学生が親元に帰られるために、小中合わせて9名の在校生となります。
◆復旧工事が進んでいます。
番屋が峯の避難所がほぼ完成したようです。自家発電による照明、天水利用の飲料水設備、簡易トイレなどが整備されたので、まさかの場合には安心です。
向江浜にある生コンクリートの製造設備が立ち入り禁止区域にあり、土石で埋まっています。新たな施設が工事中で4月には完成するようです。これがなければ様々な工事ができませんので、一日も早い完成が待たれます。
これからの予定工事は、二つ目のヘリポート新設と、湯向や寝待への道路の復旧工事、本村港奥にある物揚げ場前の海砂の浚渫工事、土砂で埋まった温泉の復旧など目白押しです。
8軒の民宿の内3軒が立ち入り禁止区域にあり、5軒だけの営業となります。工事関係者や行政・防災関係者の宿泊が大変です。
◆2月29日 気象庁の説明会
本村区の公民館で説明会が開かれました。現状説明によると、相変わらず山体が膨張したままのようで、警戒レベルを下げるためには、少なくとも火山ガスの噴出が低く安定することが条件のようです。前田地区の被災者からは、仮住まいで生活が安定しないこと、民宿などの営業ができないことなどの窮状の訴えがあり、一日も早い警戒レベルの低下と警戒区域の縮小で、前田地区に帰宅できるようにして欲しいとの切実な要望がありました。
◆3月11日 診療所の久保医師が離島
昨年4月に赴任された久保利夫医師が、ご都合で3月11日に退職・離島されました。短い間でしたが、噴火避難で島民が避難する中、ご自身も被災者でありながら、島民の健康を気遣われて避難所や仮設住宅を回っていただきました。
心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
◆12月26日 鹿児島大学
ボランティアセンター所長の西 隆一郎先生が、鹿児島大学の学生ボランティアの派遣を相談するために来島されました。
◆2月7日
屋久島町一湊の皆さんが、仮設住宅に残る被災島民のために、食事会を開いてくださいました。
◆2月9日~20日 鹿児島大学の学生さん
鹿児島大学の学生さん達が、湯向集落に滞在し、本村-湯向間の道路際のタケや雑草を伐採してくれました。お陰で見晴らしが良くなり運転がしやすくなりました。
◆2月21日~23日
大妻女子大学の干川剛史教授が来島され、これからの口永良部島の復旧・復興のあり方を島民とひざ交えて語られました。干川先生は、3度も屋久島に来られ、他の被災地の様子や教訓を紹介され、灰干し生産のワークっショップを開いていただきました。
8月には、島民対象に「灰干し生産の講習会」を開いていただけそうです。
◆広島大学や慶応義塾大学の学生さん 2月~3月
それぞれ数名の学生さんが来島、ボランティア活動をしていただきました。
◆3月19日 慶應義塾大学
長谷部葉子先生が、学生さんとともに来島されました。
◆3月21日 鹿児島大学
教育学部の先生方(長岡 良治先生、福満 博隆先生)と院生の川畑 和也さんが来島され、健康教室を開催されました。避難中の屋久島でも、避難所や仮設住宅で同様の健康教室を4回も開いていただきました。避難中やその前後の健康状態を把握し、結果を被験者に伝えて、健康に留意してもらおうと云う趣旨です。
◆無料の宿泊所
ボランティアの皆さんが宿泊していただける施設が、2か所あります。
①本村区・公民館
ボランティアをしていただける場合に宿泊できます。区長にご連絡ください。
②えらぶエコパーク・キャンプ場(ボランティア用の無料宿泊施設)
えらぶ年寄り組の、自然保護活動を手伝っていただける場合や、復旧・復興ボランティアのために来島された方で公民館が満員の場合は、新たに開設された「えらぶエコパーク・キャンプ場」に無料で宿泊可能です。小屋泊まりかテント宿泊かを選んでいただけます。
連絡先:えらぶ年寄り組 090-5886-2537、メール erabu.info@gmail
◆民宿がアルバイトを探しています。
民宿の人手が足りません。アルバイトを探しておられる民宿があります。
希望者は、えらぶ年寄り組 090-5886-2537、メール erabu.info@gmail までご連絡ください。民宿を紹介します。
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えらぶ復興ニュース 3号 改 (通算・42 号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2016年2月14日 |
◆帰島の現状
2015年5月29日に避難した島民は86世帯137人でした。
昨年12月25日に、一部の避難指示が解除された後、離島を決意したのが10世帯13人(避難中に病気死亡した1人を含む)。帰島希望だが帰島できていない世帯は19世帯26人です。新たに1世帯2人の移入がありました(2016年2月14日現在、ポータルサイト調べ)。
◆生活基盤
公的・私的な生活基盤が、未だ十分には復旧しておりません。
①一部地区には、避難指示が続いています
向江浜・前田地区は、火口から2.5㎞以内の噴火警戒区域にあり、立ち入りができません。7世帯、屋久島の仮設住宅と本村地区に分かれての仮住まいが続いています。他に立ち入り禁止区域内には、2軒の学生宿舎(2大学の研究用)があります。
②水害原因の避難指示も
寝待地区は、避難中の水害により道路が寸断されたため、立ち入りが禁じられています。2世帯が、屋久島の仮設住宅での暮らしです。
③漁業への影響
新設された物揚げ場の近辺の海が、海砂で埋まり漁船が接岸できません(浚渫のための測量が始まっています)。また、悪天候時の避難漁港は、向江浜にあるため使用できず、台風時の漁船避難の場所がありません。
④道路
避難中の大雨で、局所的な土石流(噴火が原因)と、全島的な土砂崩落が起こりました。
寝待地区以外の道路でも、土石流や崩落のために、復旧工事が必要な危険個所が数か所あります。
⑤水道
本村地区の水道の漏水が各所にあり、担当者が大わらわな状態が続きました。ごく最近になり、断水状態も少なくなったところです。
⑥温泉
島内の温泉4か所の内、3か所が使用不能です。2か所は、水害のため土砂が流れ込み、温泉が埋まった状態です。
本村にある沸かし湯の本村温泉も一時は再開したのですが、現在は休業中です。本村温泉の管理者は、前田在住のために帰島できずにおり、役場職員が代行して営業していました。ところが、2月に入ってボイラーが故障し、現在は閉鎖しています。島内では、湯向温泉の1か所だけが使用可能で不便この上なしです。
⑦学校給食
調理員2人のうち、1人は前田在住のために帰島できていません。一人勤務の負担があったためか、いま一人の調理員が職場で倒れ入院されました。その後、調理担当者は確保できず、学校給食は中断し、児童・生徒はお弁当持参です。
⑧コンクリート施設
立ち入り禁止の向江浜にあったコンクリート施設は、土石流で埋まっています。現在、コンクリート施設を新設中で、完成は4月予定。これが完成しないと、各所の復旧工事も進みません。
⑨避難所
緊急時の避難所(番屋が峯)は、工事中で完成していません。
⓾民生委員が不在
民生委員は1名おられますが、前田在住者のため、帰島できていません。
⑪個人住宅
個人住宅の復旧・清掃などが終わっていない世帯が少なからずあります。
⑫高齢者
島の生活基盤の不安定さのため、前田・寝待地区以外の高齢者4世帯が帰島できずにいます。
⑬民宿
前田地区の民宿3軒は閉鎖中です。島内にはそれ以外に、5軒の民宿があります。内4軒は営業を再開しましたが、1軒は営業が再開できていません。
⑭カライモとガジュツ
生産組合の作業が再開しました。かなり被害を受けており、収穫がガタ減りなのは打撃です。しかし、作業再開は、唯一明るい話題です。
⑮ボランティア
2月に、鹿児島大学の学生が、湯向地区に入る予定です。他地域では、民宿が私的に依頼されたボランティアは入りましたが、公的に受け入れたボランティアはありません。
⑯地区の役員会
島民が帰島後、役員会は1回開かれました。現状の対応で手一杯のようで、復興の協議までに至っておりません。
島民で働ける青年・壮年層は新設工事や復旧工事、などに忙殺されており、給食や温泉管理要員に欠員があっても、人手を回せない状態です。民宿は、工事従事者の宿泊受け入れで、休みもろくに取れず、無理をしながら営業されております。関係者の健康が心配です。
島民は、多忙さによる身体的な負担がある上、公私の生活基盤が復旧していないことからくるストレスにさらされています。調理員さんの入院はその現れてあり、火山噴火による2次災害の犠牲者と云えます。
現状は、まだまだ復旧にエネルギーを注ぐ必要があり、復興を考える余裕がないように見受けられます。
島民が期待しているのは、2016年2月17日に開催される火山災害予知連絡会の会合です。予知連は、口永良部島の火山警戒レベルを下げるのではないかと云う期待があります。前田地区の開放があれば、事態はかなり好転するのではないでしょうか。
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えらぶ復興ニュース 2号 改 (通算・41 号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年12月30日 |
<12月29日> 文責 ポータルサイト_Y
仮設住宅の住民からの苦情が未だに入ってきます。
①フェリーの運賃が1月15日を境に、有料になることについて
「フェリーが有料になるので、15日まで引っ越さないと」と云う声が多かったです。
仮設に暮すお母さんを心配して息子さんから電話がありました。「どうして15日になったのですか?」、「一人暮らしの母親の引っ越しは、それまでにとてもできません。町は何を考えているのですか?」との苦情でした。
②引っ越しについて
独り暮らしの老人たちから「手伝ってほしいと、役場に電話したけれど、それぞれ個人で運んで下さいと云われた」と嘆きが。
③ボランティアの手助けは、今必要です。
年末に、鹿児島大学のボランティア支援センターの責任者が来島されました。学生さんの来島の打ち合わせのようでした。
高齢の被災者には、フェリーが無料なうちに引っ越しを焦っておられます。引っ越しを急かされ、家を早急に住めるように準備しなければならないので、ボランティアの手助けは、今必要なのです。
④「住む家はどうしたら良いのか」と聞かれました。
前田地区の住民から12月末の今になって「住む家はどうしたら良いのか」と聞かれました。町は文書を配られたり、説明されたりのでしょうが、高齢者には文書も目が悪くて読めないし、理解も遅いものです。町には、お知らせが計画したようには島民(特に高齢者)に届いていないケースもある・・・・との認識も必要でしょう。
上記の課題ですが、本来は本村・湯向両区が区として解決しなければならない課題です。しかし、仮設住民からの声でもあるので、元自治会会長の立場から、28日に総務課を訪ねて、下記のようなお願いをしました。この間の報告を、仮設住民にしましたので紹介します。
「えらぶ仮設住宅の被災者の皆さま」 12月29日 文責 元会長
12月28日に、元えらぶ仮設住宅自治会の元会長の立場から、総務課に下記のことをお願いに行きました。課長補佐が対応されました。
その日の内に、総務課長補佐から下記のような電話回答がありました。
◆お願い その1
<高齢者、病人>
高齢者、病人の皆さんを、仮設住民が支援してきたが、帰島者が増えた。責任者が不在になる。この間の行政の見守り支援を町にもお願いしたい。
<回答>
1)住民で支援してください。2)町には24時間見てもらえる病院もあります。3)屋久島町福祉事務所から民生委員に連絡します。
◆お願い その2
<フェリー運賃の件>
仮設住宅の住民の中には、えらぶの家のかたずけが済んでいないこと、引っ越しの手伝いがないことなどで、これから何回か往復する世帯がある。フェリーの運賃が無料なのは、1月15日までと案内があったが、無理な世帯がある。
<回答>
事情のある場合には、考慮します。
1月初めにアンケートを取り、実情を把握します。
<この点で不満を伝えました>
15日と期限を切られたので、無理をして引っ越しされた世帯が大部分です。これまでが大変でした。町の気遣いが住民に伝わっていません・・・・・・と不満を伝えました。
◆お願い その3 引っ越しの件
引っ越しに際して、車のない世帯、手助けの必要な世帯があります。
<回答>
連絡してください。役場職員が手助けしたり、車を出します。1月初めにアンケートを取り、実情を把握します。
<この点も不満を伝えました>
個人的に町に問い合わせると「引っ越しは、それぞれ個人でしてください」と回答された人があります。今回の総務課著補佐の説明と異なります。町の支援策や気遣いが住民に伝わっていません・・・・・・と不満を伝えました。
<まとめ> 12月29日 文責 ポータルサイト_Y
◆総務課の説明
総務課の説明と、役場支所や出張所の窓口職員の説明とは食い違いがあります。総務課に、お願いに行ったから異なる回答があったのか、もともと、総務課はそう考えていたが、出先の窓口が誤った説明をしたのか?
これまでも、役場の被災者への連絡や説明が、充分に届いていないケースが多々ありました。
町の総務課は、町の連絡や考え方が、末端の住民に正確に届いているのかと、町は検証しなかったのでしょうか?被災者のためにと考えられた町の支援策や気遣いが住民に伝わっていません。せっかくの町長さんの施策が、無駄になっているのではないでしょうか?
◆12月25日 <帰島開始に関して>
町長の12月25日の避難指示解除は、ありがたいのですが、年末年始の本来ゆっくりするべき時期に、全島民が帰島するように誘導した町の帰島作戦に無理があったのでは。
学童生徒、保護者など学校関係者は、3学期を迎えるためには、急いで帰島する必要があったかもしれません。島のライフラインを担う事業者の帰島も仕方がないにしても、すべての島民とくに高齢者にも、帰島を促した点は、すこし無理があったのではないでしょうか。
<官民の協働が、危機・緊急事態には必要では>
12月25日の「一部地域を除いて避難指示を解除」は一つの区切りです。避難生活を無事に乗り切ることができたのも、屋久島町のご努力が大きかったことは確かなことです。えらぶ島民は、町当局への感謝を忘れてはなりません。とは言え、町に対するさまざまな不満があることも確かなことです。
大きな原因は、町と一般の被災者の間に、意思疎通、相互理解が欠けていたことではないでしょうか?これが解消されておれば、不満の80%はなかったと思えるくらいです。
町は、「区長を通じて」町の考えを伝え、説明する、あるいは、新たな施策を相談する・・・・・と云う方法「窓口一本化」の方法をとっています。このやり方は、果たして良かったのでしょうか。官民が協働する方法もあったのではないでしょうか?情報格差がありましたが、町ーー>区長が機能しなかったのでは。複数路線も選択肢があったのでは。
今回のような危機・緊急事態に際しては、官民協働がある方が良いのでは。
<官民で、振り替える会を>
今後の復旧・復興を進める上で、官民(町と島民)ともに、これまでを「振り返る」ことが必要ではないでしょうか?
なにが良かったのか?何が悪かったのか?良くするにはどうすれば良かったのか?・・・・を「振り返る」ことは、これから口永良部島の復旧・復興を進める上でも欠くことはできません。このような課題を「官民(町と島民)」で考えることができる機会があればと望んでおります。
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えらぶ復興ニュース 創刊号 (通算・40 号) |
発行事務局:えらぶ年寄り組
発行日:2015年12月25日 |
バラバラに暮らさざるを得ない私たち島民の情報交換を密にして、すべての被災者の帰島を実現し、島の復興を果たすために、今後も「口永良部島ポータルサイト」を活用することにします。
第一次避難所で誕生した壁新聞「えらぶ避難所ニュース」は、避難所閉鎖とともに「えらぶ被災者ニュース」と名前を変えて、当初の志を引き継いでまいりました。一部地域を残していますが避難指示解除が発令され、多くの島民の帰島がかないましたので、今後は「えらぶ復興ニュース」と名称を変更して発行を続けます。創刊の際に危惧した「情報格差」は未だ解決しておりません。
12月の末に、「鹿児島大学 ボランティア支援センター」の先生が来島予定です。
鹿児島大学の学生さんたちが、ボランティア支援に来て下さるようで、その下見、下相談とのことです。年明け早々には、若い方々に手助けしてもらえるようで、心強いかぎりです。
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